校内ビジネスカップルの破局

 風宇(ふう)が長らく「ビジネス親友」だった文燈(あやと)は、依然として風宇に迫り寄り目力で圧をかけてくる。

「頼む、俺と付き合ってくれ」

 親友の振りをして、校内の女子人気を二人占めしてから一年半。こんな日が来るなんて全く思っていなかった。
 高ニの秋、一番身近な男に告られた。
 風宇はまだ自分が置かれた状況が理解出来ていない。

「なあ、ちょっと……どういう事だよ?」

 広瀬(ひろせ)、お前は男が好きだったのか?
 ならどうして女子達と一年半も遊び続けた?
 まさか、女子にかこつけて本当はオレが目的だった? え、一目惚れされてた?

 どんどん明後日の方向に広がっていく風宇の妄想。
 文燈は真剣な眼差しで、ようやく少し身を離し、説明し始める。

葉山(はやま)。お前、一級建築士志望だったな」

「……それが?」

 ちょっと話題が変わりすぎだ。ついていけない。
 さっきの告白と何の関係があるんだ。

 風宇は思わず眉をひそめて聞き返した。
 すると、文燈は特に気にせず真面目な調子のままで続ける。

「俺は国家公務員になりたいんだ。省庁の官僚だ」

「……だから?」

 まったく会話の意味がわからない。
 お互いの将来設計と、今、自分に告白している状況になんの繋がりがあるのか。
 風宇は眉毛の次に、口も曲げて聞き返す。二度も聞き返させるな、と思った。

「お互い、これから死ぬほど勉強するだろ」

「まあな」

 高ニの秋。すでに周りの同級生達は受験勉強を始めている。
 だが、風宇は学力にもそこそこ自信があるため、ギリギリまで遊んでいた。文燈も似たようなものだ。

 それも、この辺が限界であると気づいてはいる。
 その事を確認するように、文燈は短く結論を言った。

「もう女は邪魔だろ」

「あ……っ! そうか」

 風宇は今後、自分たちに降りかかるであろう出来事を想像する。
 
 三年生の女子は卒業間近。最後の希望を込めて、オレ達に告白してくるだろう。
 同級生の女子は受験勉強を彼氏と二人きりでしたい。そんな欲望のために、オレ達に告白してくるだろう。
 一年生の女子はまだお気楽なので、何も考えずにオレ達に告白してくるだろう。

 つまり。
 オレ達は今後、卒業するまで告白ラッシュに見舞われる。
 何てこった、忙しすぎるだろ!
 大学受験を控えてるのに、そんな精神削られるイベントを無数にこなしてたまるか!

 風宇はそこまで考えて、文燈の「真意」に気づく。

「つまりだ。これはお互いの『女避け』のためなんだ」

「お、おお……」

 文燈は得意げになって自分の計略を披露した。

「俺達が今までの友情を発展させて、カップルになったら周りの女子達は黙ると思わないか」

「た、確かに……」

 乗せられやすい風宇は、文燈の提案を飲み込もうとしていた。

「お前ならわかってくれると思った」

 文燈はすでに満足げにしている。

「俺達は『ビジネス親友』から『ビジネスカップル』に進展したんだ。いいな」

「お、おう……」

 待てよ。

 頷いた後で風宇は気づいてしまった。
 女子達が自分達に告白しないようにするには、オレ達がカップルである事が知られなければならない。

「ええ……!?」

 風宇はその事実にビビって震える。
 しかし、文燈はすでにニコニコ笑顔でいた。

「今日から俺はお前の彼氏。お前も俺の彼氏。卒業までよろしくな」

「ま、じ、で……?」

 オレ達はBLを公表するのか!?

 風宇はいつもの調子で文燈の口車に乗った事を、早くも後悔した。



 ◇ ◇ ◇



 文燈と風宇がカップル(注 校内ビジネスカップル)になった事を、タイミング良く知らしめるには。
 それも文燈が計略済みであった。

 どちらかが告白される瞬間、「ちょっと待った」をかけるのだ。

「ほんとにやるのか……!?」

 風宇はすでに怖気付いてしまっていた。
 しかし、文燈はノリノリでむしろ楽しそうにしている。

「ああ、意外に早かったな。葉山の方が呼び出されるとは、少し悔しいかも」

 全く悔しがっていない文燈。
 風宇が今朝ラブレターをもらってから、妙に上機嫌である。

「ほんとにオレがカミングアウトするのかぁ……?」

 比べて、この世の終わりのような面持ちの風宇。
 女子を振る、しかもBLを公表するプレッシャーに震えている。

「安心しろ、すぐに俺が割り込むから」

「絶対だな!」

 二人は正反対の顔色をして、呼び出された焼却炉に歩き出す。
 そこにはすでに女子生徒が風宇を待っていた。

「あ、葉山くん」

 精一杯可愛く笑う、その健気な様子に風宇の良心が痛む。
 だが、早く終わらせたい。風宇は意を決して彼女に近づいた。いつの間にか文燈は姿を消している。

「あのね……あたし、葉山くんが——」

「ごめんっ!」

 気が逸る風宇は、告白を最後まで聞かずに頭を下げる。
 それから、今日一日頭の中でずっと反芻していた台詞を口にした。

「オレ、最近、付き合ってる人がいて……!」

「えっ、誰……?」

 可愛く笑っていた顔が、引き攣っていた。
 風宇は顔を上げて彼女を見る。かなりの衝撃を受けている様子に、次の言葉が出なかった。

「えっと、その……」

「ごめんね、香川さん。葉山は俺と付き合ってるんだ」

 風宇が言えずにいるうちに、再び文燈がにこやかに現れて風宇の肩を抱く。

「えええっ!?」

 香川さんは、顔の穴という穴が全部開いたような顔をしていた。
 そりゃそうだろ、と風宇は彼女を不憫に思う。

「俺達、友情を超える感情になってしまったんだ」

 はっはっは、と渇いた嘘くさい笑いで風宇の肩を抱き続ける文燈。
 風宇は、もうどうにでもなれと脱力して愛想笑いしか出ない。

「ほ、ほんとに……?」

 香川さんは恐る恐る確認してくる。
 おっしゃる通りですよね、と風宇は彼女に共感すら抱いた。

 だが、文燈のとんでもない決定打で、彼女は退かざるを得なくなる。

「ほんとだよ。俺達はもう、互いを求め合って仕方ないんだ」

「……」

 香川さんは言葉が出ない。

「……」

 風宇もまた、言葉が出なかった。



 意味深に言うんじゃねえ!

 そう叫びたいのに、文燈の明るいBL宣言に呑まれて、風宇はもはや呆けるしか出来なかった。