校内ビジネスカップルの破局

「あ、また誰か追い出されてる」

 窓の外を眺めながら畦地(あぜち)がそう呟いた。

「懲りないな。世間の人って結構ヒマなんだな」

 文燈(あやと)もすっかり辟易した調子で頬杖をついていた。

「くっそお……MAJUの野郎があんな事言うから」

 風宇(ふう)は机に突っ伏して頭を抱え、今回の騒動で一番得をしたであろうアーティストに恨み節。



 主に高校生の間で絶賛バズり中の『恋人中ダンス』。そのBGMに使われて大ヒットしたのが、男性シンガーソングライターMAJUである。今では歌わなくなった数年前の楽曲が、急に脚光を浴びた。
 それに関するネットニュースでインタビューが公開されたのだ。MAJU本人が「あの曲は高校時代の思い出を綴った」と回答している。偶然にも、MAJUは風宇たちの高校の卒業生だった。

「聖地巡礼……ってやつか? 本当にヒマだな」

 畦地がそう言うと、文燈も溜息混じりでやや肩を落とす。

「まさか、こんな事になるとはな」

 MAJUのファンの間では今回ヒットした曲は隠れた人気があり、日の目を見た喜びで高校にまで赴いて来る者が現れた。今では毎日一人か二人ほどが校門前をうろつき、その度に教師から厳しい対応をされている。

「大丈夫だよな? 先生が追い帰してれば、きっとそのうち諦めるよな?」

 風宇は再び不安な日々を過ごしていた。
 MAJUのファンが、元々の画像を探し出してしまったら。風宇と文燈の恋人繋ぎ画像が再び出回ったら。
 そう思うと、不審者が学校にやって来る度に風宇は心臓の動悸が止まらない。

「ああ。大丈夫だ。今のところSNSにそんな兆候はないし、世間は高校の味方だよ」

 文燈はそう言って風宇を安心させようとしている。
 文燈の言う事は正しいし、信じられる。けれど得体の知れない不安感は完全には消えない。
 風宇は自分の小心さがこれほど恨めしいと思ったのは初めてだった。

「おっ、MAJUが今回の騒動でファンに向けてポストしてるぞ」

 畦地は携帯画面を二人に見せる。そこには、「母校に迷惑をかけないで欲しい」と綴られていた。

「良かったな、風宇。きっとこれで収まるさ」

 文燈が優しく肩を叩く。それは心地よくて安心した。
 風宇は自分に言い聞かせるように頷く。

「そうだよな、ファンも本人から言われたら大人しくなるよな!」

 いい加減にこの騒動から脱却したい。
 梅雨が明けるまでには、ジメジメした不安から解放されたいと願う風宇だった。



「大変だよぉ!」

 放課後、帰り支度をしていると、ドタバタと騒がしい足音を立てて若月(わかつき)がやって来た。
 若月の「大変」は本当に碌なことがない。風宇も文燈も即座にガッカリする。静かに帰れると思っていたのに。

広瀬(ひろせ)くんも、葉山(はやま)くんも、まだ帰っちゃダメ!」

「なんなんだよ、若月」

 風宇は憮然として尋ねた。すると、珍しく真剣な瞳で若月は答える。

「あのね、さっき、一年生の女子から聞いたんだ。校門の所にカメラ持った人がいてね、『この二人を知らないか』って言われたんだって」

「何だそれは」

 文燈も怪訝な顔をして会話に入ってくる。風宇は「二人」というワードに一気に不安になった。

「それがね、広瀬くんと葉山くんの、例のアレのスクショだったんだって!」

「ああ……」

 風宇は目の前が暗くなる。

「やっぱり、そういうヤツもいるだろうな……」

 文燈も落胆して、低く呟いた。投稿から削除までには数時間かかっている。その間に画面保存をしている人がいてもおかしくはない。
 幸運にも巨大なバズりの中に紛れたと思っていたのに。恐れていた事態が起こってしまった。

「どうしよう……また先生が追い出してくれるかな?」

「そうだな。帰るのはそれが終わってからがいいな」

 風宇も文燈も落胆と同時に、強い不安が湧いてくる。二人で見合わせていると、若月は少し興奮した面持ちで文燈に言った。

「僕に任せて! 広瀬くん、オープンアカ、鍵のままでいいからポストする許可をちょうだい!」

「え?」

 文燈が躊躇っていると、若月は胸をドンと叩いた。

「お願い! 僕がきっちり責任を果たすから!」

「わ、わかった……」

 その気迫に負けて文燈が頷くと、若月はあっという間に携帯電話を操る。
 ヨシ、と小さく言った後急いで教室を出ていった。最後に頼もしい言葉を残して。

「大丈夫、絶対何とかしてみせる! 連絡係に征士(まさし)を置いてくね!」

「……ん?」

 急に役目を与えられた畦地はキョトンとしていた。

「お前も大変だな……」

 文燈が同情しながら言うと、畦地は平然としていた。

「いつもの事だ」

「……あいつ、オープンアカで何するつもりなんだ?」

 若月の小さな背中を見送って、風宇はハラハラと落ち着かない。
 緊急事態にすっかり心が萎縮してしまっていた。

「そうか。お前らは繋がってないんだったな」

 畦地が携帯を操作する。
 若月のオープンアカウントを表示させると、ニヤリと笑った。

「これ、見てみろよ」

 畦地の携帯画面。若月の一分前のポストが表示されている。


 
『フォロワーのみんなー!
 部活がない人は僕と一緒に帰ろー! みんなで一斉にだよー!
 校門にカメラ持ったおじさんがいたら、駅前まで案内してあげてね!』



「?」

「どういう意味だ?」

 風宇も文燈も互いを見合わせて首を捻る。すると、畦地が楽しそうに解説した。

「つまり、校内生徒全員で集団下校しようと誘っている。光のフォロワーはほとんどウチの生徒だから、お前達二人の事情はこれだけで通じるさ」

「みんなで?」

「一斉下校するって?」

 風宇と文燈はオウム返しのような事しか言えない。事態がよく飲み込めない。
 畦地はニヤニヤしながら再び解説する。

「校門に大勢で向かったらすごい人の波になる。カメラマンも一緒に揉まれて()()できるかもな」

 つまり。
 生徒達が一斉に大挙して、邪魔なカメラマンをどさくさに紛れて連れ去ろう。という若月の作戦らしい。

「人気者のお前達のためなら、みんな力を貸してくれるさ」

「そ、そんなにうまくいくかな?」

 風宇が半信半疑で尋ねると、畦地は自信満々で頷いた。

「光は、やる時はやる男だ」

 見ろよ、と言わんばかりに畦地が窓の外へ視線を促す。
 次第にガヤガヤ、ザワザワと多くの生徒達の気配が校門付近に集まっていた。