校内ビジネスカップルの破局

 君と僕は恋人未満?
 君と僕は恋人中?
 恋人中ならチューで教えて……



「なんじゃこりゃああぁ!」

 教室に風宇(ふう)の絶叫が響く。
 SNSのショート動画を文燈(あやと)に見せられて驚愕していた。

「手繋ぎ写真から、ダンスが派生して、今はご覧の通りだ」

 見せた文燈も世間の流行りの波に驚いている。

 風宇と文燈の恋人繋ぎ写真がバズって数日。
 二人の写真を発端として、友達同士で恋人繋ぎ写真を投稿するのが流行った後、さらにそれがダンスに発展した。

 アップテンポの曲に合わせて、恋人繋ぎをしながら踊る。
 今やそれはSNSの「踊ってみた動画」として莫大な人気を有するまでになってしまった。

「まあ、完全にこれは俺達から離れたよな」

 文燈は肩の荷が降りたような顔をしている。
 もう誰も最初の恋人繋ぎが何なのかを気にしてはいない。皆、自分たちが動画を投稿する事に夢中になっている。

 ダンス動画は『恋人未満?恋人中?ダンス』と呼ばれ、恋人繋ぎで踊る二人がクイズ形式で関係性を問い、恋人だったら最後にキスをするような振りをする。風宇は一連の動画をいくつか見て、憤慨しながら赤面している。

「学生の分際で世界中にキス動画を投稿するとか、世間はどうなってんだ!?」

「さすがに本当にキスはしていないが。リア充マウントとしては充分だな」

「オレはここまでしてねえぞ!」

 風宇がそう言うと、文燈は苦笑しながら頷いた。

「だからいいんじゃないか。ここまで来ると、発端が男子高校生の手繋ぎ居眠り写真だとはもう思わない」

「それはそうだけど……」

 恋人繋ぎ写真が流行った数日前でも自分の所業をいじられている感覚だった風宇。こんなに大きく発展してしまっては、なんだか煽られているような気になる。
 結局、発端が自分達である事は事実なので、「御本人」である風宇の恥ずかしさは最高潮に達していた。



葉山(はやま)くーん!」

 パタパタと軽快な足音でやってくる何か。声は少し怒気を孕んでいる。
 今回の事件の張本人……というか、バズらせた犯人の若月(わかつき)である。

「若月か……」

 やっかいな奴が来た。
 風宇は動画を見てゲンナリしているのに、若月の登場ですでに疲れがピークに達する。

「ちょっとお、動画見た? 何これ、パクリも甚だしいんだけど!」

「パ、パクリ?」

 若月の憤怒はどうも別次元にある。風宇は意味がわからなかった。

(ひかる)、うるさい。人のクラスで騒ぐな」

 若月の登場で、どこからかやってくる畦地(あぜち)。それを涙目で睨みつけて、若月はますますヒートアップしていた。

征士(まさし)は黙って! 葉山くん、広瀬(ひろせ)くん、こんな暴挙を許していいのかねっ!?」

「な、何が……?」

 若月の剣幕に、風宇は少したじろぐ。及び腰の様子に、若月は更にずずいと迫り寄った。

「だって、このバズり動画さ、元は二人の恋人繋ぎなのに。そんなのすっかり忘れて、関係ない人が巨万の富を得てるんだよ!」

「巨万の富?」

 風宇が首を傾げると、畦地が通訳してくれた。

「光が言いたいのはフォロワー数とか再生回数の数字だろう」

「ああ……」

 SNSにおける富、それは数字である。若月はオープンアカウントでは派手に投稿をしていたから、後発者がバズっているのが我慢ならないのだろうと風宇は納得した。

「僕は両翼をもがれて身動きが取れないのに……!」

「両翼?」

 不可思議ワードをまたも繰り出す若月。それも畦地が通訳してくれた。

「本アカと裏アカの両方が、今非公開状態だからな」

「なるほど……」

 若月の「アヤフウラバー」は裏アカ扱いなのか。そのネタにされていた風宇はとても微妙な気持ちになった。

「当たり前だ。若月はしばらくSNSをするな」

 一連の騒ぎを見届けてから、ようやく文燈が口を挟む。その言い方は相変わらず少し冷たかった。

「うううー! ホントなら原作料もらいたいくらいだよお!」

 若月の能天気な嘆きに、文燈はジロリと睨んで通告する。

「……このバズりに『原作』などいない。お前も俺達も関係ない。守れないならアカウント両翼を消させるぞ」

「ご、ごご、ごめんなさいっ!」

 若月は真っ青になっていた。相当SNSを取り上げられるのが嫌なのだろう。
 鍵を解除させるのはまだまだ先になりそうだと、風宇も文燈も溜息を吐いた。



「しかし、この『恋人中ダンス』動画に使われている楽曲、MAJUだろう。意外だったな」

 畦地が話題を変えようとして、そんな事を言う。文燈もそれについては大きく頷いていた。

「MAJUと言えば、バラードで有名だろ。何年も前のポップな楽曲が今更バズるなんてな」

 今回の動画に使われたのは、数年前にリリースされたものの全く売れなかった楽曲らしい。それが今になって大人気になり、あっという間に再生回数がトップになっている。

「人生、何があるかわからないよな」

 このアーティストは、バラードが人気とは言っても地味な雰囲気で、ニッチなファンばかりのイメージだった。それが、今回の動画に楽曲が使われた事によって一躍時の人になっている。今は歌わなくなったアップテンポで。
 文燈はそんな運命の妙に少し感じ入っていた。

「芸能人が関わってきてるなら、ますますオレ達の存在はわからなくなるよな?」

 風宇は期待を込めてそう聞いた。流行りついでにMAJUの曲が世間にクローズアップしてくれば、一般人の投稿する動画も忘れられていくだろう。

「そおーなんだよ! このMAJUっていうの、アヤフウを踏み台にして売れて、許せないよっ!」

「いや、MAJUも想定外だろ。何年も前の曲が突然売れたんだから」

 畦地の正論に、若月は「ううう」と唸る。
 文燈はそんな会話の隙間で、アーティスト情報を検索していた。
 画面を下にスワイプしながら小さく「あっ」と声を漏らす。

「どうした、文燈?」

 文燈がそんな反応をするのが珍しくて、風宇が尋ねる。
 顔を上げて皆に更なる「意外な事実」を告げた。

「……MAJU、出身がウチの高校らしいぞ」

「へえー先輩かー」

 風宇はそれに多少なりとも驚いた。
 すごい偶然だなと思った。
 この時はそれだけだった。



 まさか、それが、曲のヒットに伴って大きな出来事になるなんて。
 風宇には想像もついていなかった。