校内ビジネスカップルの破局

 修学旅行を終えた次の週。
 風宇(ふう)は登校する朝が待ち遠しかった。
 朝になれば文燈(あやと)に会える。たったそれだけの事が、とても大切になった。

「文燈、おはよう!」

 エントランスを出てすぐの植え込み。
 いつものように文燈が風宇を待っている。その表情は少し驚いていた。

「……今、なんて言った?」

「文燈、おはよう」

 何か変な事をいっただろうか。風宇が首を傾げていると、文燈は驚いたままで言う。

「名前で呼んでるけど……?」

「えっ、あ! おっ……えっ?」

 風宇はごく自然にそう呼んでしまっていた。
 いつからだろう。もしかしたら、修学旅行で文燈がいなかった時に、心の中で何度も繰り返したからかもしれない。

 恥ずい! 勝手に距離を詰めてしまった、と風宇は慌てる。
 だが、今更「広瀬(ひろせ)」と呼び直すのもなんだか違和感があった。

「だ、だめかな?」

 心の中で「文燈」呼びが定着してしまっている。
 恐る恐る聞くと、文燈は笑って答えた。

「全然。俺だって風宇って呼んでるし」

「だ、だよな! だってオレ達『付き合ってる』設定だし、いいよな!」

 そうだ。文燈は『偽装彼氏』なのだ。だから名前で呼ぶ方が自然。
 風宇はそう考えてしまおうと思った。

 設定とか、偽装とか。そんな言葉に少し胸が痛む。
 だがそれを、文燈の笑顔が吹き飛ばした。

「ふふ、うん」

「……へへ」

 なんだか文燈の笑顔が輝いて見える。朝の日光のせいだろうか。
 少し照れ臭さを感じながら、いつものように学校へと歩き出した。



 学校に近づくにつれて、登校する生徒が増えてくる。
 それはいつも通りの事なのだが、今日はいつもより多くの視線を感じる。

 交際を宣言した頃は、好奇の視線を受けていた。
 けれどそれもほとんど感じられなくなっていたのに、今日はあの時の感覚を思い出す。

 いや、以前と同じではない。
 風宇と文燈を見る生徒達の視線は、優しく祝っているような感情のような気がした。

「……?」

 文燈は気づいているだろうか。きっとオレより先に気づいているはず。
 風宇はそう思って隣の文燈を見るが、平然として歩き続けていた。

 確かに嫌な感じはしないけど、なんだろう?

 風宇が疑問を言葉に出来ないでいると、誰かが後ろからものすごい勢いで走ってくる。

「広瀬くーん! 葉山(はやま)くうーん!!」

若月(わかつき)

 追いかけてきたのは、アヤフウラバーを自称する二人の追っかけ、若月(ひかる)
 彼は可愛い系の綺麗な顔をひん曲げて、肩で息をしつつ思いっきり頭を下げた。

「ごごご、ごめんなさいっ!」

 ダッシュからの流れるような謝罪に、風宇も文燈も驚いて面食らう。

「なんだよ、どうした?」

 若月に謝られるなど、嫌な予感しかしない。
 だが、当の本人は時候の挨拶でもするような雰囲気で喋り始めた。

「ええっと、まずは修学旅行お疲れ様でした!」

 謝ったくせに、なかなか本題に入らない。言いにくそうにもごもごしながら、言葉を探している。

「あの……ね、最終日、すごかったねえ! 広瀬くんが行方不明になったと思ったら、葉山くんのためにお土産探してたんでしょ?」

 ペラペラと最終日の件を喋る若月。
 どの辺を謝りたいのか、風宇にはいまいちわからなかった。

「……畦地(あぜち)から聞いたのか」

 文燈が呆れながらそう問うと、若月は興奮したように笑う。

「ふふふうー! せっかく同じルートだったのに合流出来なくて残念だったけど、尊いエピソードが聞けて良かったよお」

 何をぬけぬけと。
 文燈がいないとわかったらさっさと戻ったくせに。

 風宇は若月のしたたかさに舌を巻いた。
 だが若月は興奮したまま、さらに己の所業をバラしていく。

「帰りの新幹線はさぞやラブラブだろうと思って、一組の車両に行ったらぁ……一緒におねむで尊いよねー!」

 キャーッとぶりっ子のような仕草でジタバタする若月に、風宇は慌てて問い詰める。

「おまえ……! 見てたのか!?」

「見てたも何も、バッチリ撮ったよお! アヤフウラバーとして撮らずにいられないよお、こんなのぉ!」

 若月は自分の携帯電話の画面を掲げて二人に見せる。
 そこには、寄り添って一緒に眠る風宇と文燈。手は指を絡める恋人繋ぎ。

「ああああ! お前え、やってくれたなあ!」

 あの日、風宇はなぜか文燈の事が愛しくて、つい手を繋いでしまった。
 文燈が目覚める前に手を離したので、文燈にはバレないと思っていたのに。

「これは……風宇から?」

 文燈は若月の携帯と風宇を交互に見比べる。
 信じられないものを見たような顔をしていた。

「なっ、なんとなくだよ、なんとなく! 深い意味はないっ!」

 風宇は真っ赤になりながら弁解したが、文燈は聞いていなかった。

「おい、若月。この画像、送ってくれ」

「コラア!」

 風宇は突っ込む言葉が出ない。恥ずかしくてどこかに消えてしまいたくなる。


 
「なんでSNSには上げてないんだ?」

 文燈は若月の「鍵付きアヤフウラバーアカウント」を逐一監視している。
 風宇は恥ずかしいのであまり見ていないが、そうと知ると不思議だった。
 若月の興奮具合から、いつもなら速攻で投稿しているはずである。

「いや、上げたよ? うん、上げたことは上げたんだけど……ね」

 サッと若月の顔色が変わる。風宇はますます嫌な予感がした。
 そしてとうとう、最初の謝罪の真相が明かされる。

「あのね……実はオープンアカウントで誤爆してしまいまして」

「ン!?」

 風宇も文燈も、雷に打たれたような衝撃を感じた。
 若月はてへへと笑いながら付け足す。

「オープンの方に間違えて投稿しちゃってえ……眠くて寝ちゃってえ……朝まで放置しちゃってえ」

「ンン!?」

 周囲の生温い視線の意味が一気にわかった気がした。
 若月は校内ナンバースリーイケメンだけあって、生徒からフォローされまくっている。

 あの手繋ぎが。
 全校生徒にバレた、だと……?

 風宇の思考はいささか甘かった。
 若月からとんでもない爆弾が投下される。

「朝起きてみたら……世界中でバズっちゃった!」

「ンンン!?」



 修学旅行の帰りの新幹線。
 美形の男子高校生が恋人繋ぎで眠る写真が。

 全世界でバズり中……!



 風宇も、さすがの文燈も。
 言葉が出ずに、思考も停止してしまった。