校内ビジネスカップルの破局

「……まあ、ありがちだな」

 今日泊まるホテルが「心霊ホテル」だと聞いて、怖がる風宇(ふう)を他所に文燈(あやと)は興味無さそうに溜息を吐く。

「あー? 広瀬(ひろせ)くんたら、そんな事言うとバチが当たるかもよお?」

 うふうふ笑って楽しそうな若月(わかつき)
 どうせただの噂だ。風宇もそれはわかっている。だが、聞いてしまったものは最後まで聞かないと気持ちが悪い。それが苦手なものなら尚更だ。

「ば、バチって……なんだよ?」

 恐る恐る尋ねると、若月はますます悪く笑い出す。

「あのねえ、このホテルのどこかに一つだけ呪われたベッドがあってね」

 ビクビクしながら聞いている風宇とは逆に、若月はますます楽しそうに笑いながら言った。

「そのベッドで寝ると、呪われちゃうんだって! きゃははは」

 なんでお前はそんなに楽しそうなんだ。風宇には若月のテンションが理解出来なかった。
 修学旅行ではしゃぎたいなら、もっと楽しい話題にすればいいのに。

「……えらくふんわりした怪談だな」

 元々信じていない文燈は呆れていた。すると若月は文燈に近寄って追加情報を出す。

「あのね、呪われたベッドにはマットの下にお札が貼ってあるんだって! でもお、確かめない方がいいよお。知らない方が幸せな事ってあるじゃない?」

「わかったわかった」

 文燈が軽くあしらうと、いいかげんに時間切れなのだろう、畦地が若月に退出を促す。

「もういいだろ、光。一旦戻れ」

「そうだね、もうすぐご飯だもんね!」

 騒ぐだけ騒いで。好き放題に場をかき回して、若月と畦地は部屋を出て行った。

「……」

 風宇はもう、自分が使うはずのベッドに座ることすら、少し嫌になっていた。



 ◇ ◇ ◇



「本当にやるのか?」

 文燈は風宇を驚きながら見つめていた。

「だ、だだ、だって! 白黒つけないと、気になって眠れないだろ!」

 風宇は震えながら跪き、ベッドマットの下に手を入れようとしている。



 夕食後。部屋に戻ってきたが、風宇は「文燈と二人きりで泊まる」事よりも、「呪われたベッド」が気になって仕方なかった。
 このままでは安心して眠れない。怖がりのくせに謎の行動力を発揮して、風宇はベッドマットの下にお札がないかを確かめようとしている。

「い、いくぞ……! み、見るぞ……!」

「まあ、それで気が済むなら」

 文燈は怒るでもなく、怖がるでもない。平坦な声で風宇の行動を見守っている。
 代わりに見てくれとまでは言わないけれど、もう少し一緒に怖がってくれてもいいのにと思う。

「えいい……ッ!」

 意を決して、マットの下に手を差し入れる。左右に探ると、指先に何かがあたった。

「な、なんかある……!」

 少し厚みのある平たいものだった。風宇はそれを取り出すか迷ったけれど、そのままにもしておけない。
 覚悟を決めて引き抜いた。

「ふぎゃあああ!」

 それが何かを見る前に、思わず悲鳴が出た。怖くて目を開けられない。
 すると、文燈が静かに呟く。

「お守り……だな」

「もぎゃ……っ、お守り?」

 取り出したそれを良く見る。一般的な「学業成就」と書いてある御守り袋だった。

「えっ、え、これ、どっち?」

 お札ではないが、御守りだとギリ何かありそうな気もする。風宇が戸惑っていると、文燈は軽く笑い飛ばした。

「俺達みたいな修学旅行生の忘れ物だろ」

「……でも、なんでベッドの下にあんだよ?」

「うーん、清掃のどさくさでポロッと……とか」

 文燈の推理は正しいようで、腑に落ちない感じもする。
 風宇が御守りを睨んでいると、文燈は肩の力を抜いて伸びをした。

「気が済んだろ。これで安心して眠れるな」

「えー、でもなんか、ここまでしたベッド、寝るのヤダなあ」

 怪異などはなくても、風宇にとっては充分「いわく付き」になってしまった。
 すると、文燈は大きく溜息を吐く。

「……わかった。俺がベッド替わってやる」

「ええ……? それはそれで、オレに降りかかるはずの呪いがお前にかかったらさあ……」

 そんなシチュエーションの怪談はいくらでもある。
 風宇は怖がりのくせに、そういう話題に詳しい。怖いもの見たさのようなものだ。

「じゃあ、解決策はひとつしかないな」

「ん?」

 文燈は風宇の言動に呆れつつ、ニヤリと笑ってとんでもない事を言った。

「俺のベッドに、二人で寝るしかない」

「えええっ!」

 初めてのお泊まりで緊張したドキドキが、風宇に再び襲いかかった。



「……」

 落ち着け。昨日だって同じ部屋で寝たじゃないか。
 そうだ、これは昨日の雑魚寝と同じなんだ!

 風宇はそう自分に言い聞かせながら、文燈と同じベッドに寝ている。
 さすがに向かい合えなくて、風宇は文燈に背を向けて横たわり、端ギリギリの位置を保っていた。

 文燈はもう寝ただろうか。振り返って確かめる勇気はない。
 寝息が聞こえるか、耳を澄ます。だが、自分の心臓の音がうるさくてよくわからなかった。

「風宇」

 不意に背後から声をかけられる。
 まだ起きてた。跳ねる心臓の音に翻弄されながら、風宇は上擦った声で返事した。

「な、なに?」

「頼みがあるんだけど」

「な、なに?」

 同じ言葉しか言えない。頭が真っ白で、風宇は語彙力を失くしている。
 文燈の声が、静かに部屋に落ちた。

「……こっち、向いてくんない」

「え——」

 風宇が「なぜ」と聞く前に、腕を引かれる。
 文燈に引き寄せられて、風宇は振り返った。

「あ……」

 極近くに文燈の顔があった。
 こんなに近づいたのは初めてかもしれない。
 安心したように笑っている。暗闇の中なのに、文燈の顔はとても綺麗で胸が締め付けられた。

「風宇」

 目が合った瞬間、文燈はさらに風宇を抱き寄せた。

「ちょ……っ!」

 風宇が狼狽えると、文燈は手に力を込めて更に抱きしめる。

「お願い。今夜はこうして寝させて……」

「ふあ……」

 文燈の手が、風宇を抱きしめている。
 髪の毛に唇を寄せて、何度もキスを落とす。

 こんなこと、本当に恋人みたいなこと。
 どうしてこんなこと、する?

 抗おうにも、文燈の腕に包まれて、風宇は身動きが出来なかった。
 文燈からのキスは続いている。
 恥ずかしくて、思わず文燈の胸に顔を埋めた。

「あ——」

 文燈の心臓の音が聞こえる。風宇と同じ速度で。
 トクトクという振動が、二人をシンクロさせていく。

 なんだか、二人、同じものになったみたい。
 体温が混ざり合って、そんな錯覚をする。



 すごく、気持ちがいい……



 風宇は、頭の中が文燈でいっぱいになって。
 いつの間にか眠りに落ちていた。