校内ビジネスカップルの破局

 高校三年一学期、重大にして最大のイベントがある。
 それが、修学旅行。

「オレさあ、持統天皇って好きなんだよね」

 班行動の話し合いの場で、風宇(ふう)がボソリと呟いた。

「マジか。推し天皇?」

 相槌を打ったのは、班長の畦地(あぜち)。隣のクラスの若月(わかつき)の幼馴染である。
 アヤフウラバーを自称する若月が送り込んだ監視員のような立ち位置で、若月は風宇と文燈(あやと)に会いにくる口実に、この幼馴染の存在を使ってくる。

「推し天皇て。まあでも、そうかも。推古天皇も好きだけど」

 風宇はにこやかに畦地に話す。
 一年生時のモテ男ムーブが原因で男子の友人があまりいない風宇だが、畦地は友人付き合いをしてくれる。もちろん若月から仕向けられているのだが、それでも風宇は畦地の存在が嬉しかった。

「さすが葉山(はやま)。天皇も女性がいいんだな」

 畦地はノリが良く、少しふざけた会話をしてくれる。見た目が寡黙な感じなので意外ではあったが、風宇は新しい友人が今のマイブームだ。

「デキル女上司って良くねえ?」

「上司というか、もうトップだけどな」

 どうでもいい会話だが、なんだか和む。風宇は畦地の班に入れて良かったと思う。どうせ若月の差金だろうとしても。

「それなら、行くか? 藤原京跡」

 二人の会話にやっと文燈(あやと)が入ってくる。
 修学旅行の班編成は、一番思い出を作りたい友達と組むようになっている。風宇と文燈はクラスメイトの全員一致で同じ班になった。

 話し合いの場で、文燈は元々多くなかった口数が更に減っている。修学旅行の班を組むようになって、風宇が畦地とよく話すから拗ねているのだ。
 今も話題に割り込みつつ、風宇の望みを叶えてやるスパダリ調の雰囲気を出していた。

「無理。奈良の班行動は半日しかない。東大寺周辺がみんなのセオリーだ。橿原市は遠すぎる」

 だが、あっさり畦地に却下される。
 それでも文燈は食い下がった。

「無理って事はないだろ。橿原市に行って帰ってくるだけなら間に合うんじゃないか」

 畦地は眉をひそめて返す。

「奈良と言えば東大寺って昨日決めただろ。それに近くに土産物を買える商店街もある。そこで買い物をすることにしたじゃないか」

 班長として、一度決めた事は覆さない。他の班員ももっともだと思っていた。

「でも、班員の希望を聞くのも班長の勤めじゃないか?」

 文燈がここまでこだわるのは珍しい。
 学校一のイケメンの地位にいるから、大抵の望みは女子が叶えてくれていた。だからあまり希望を表に出すのを見たことがない。
 それは風宇も同様で、よほど嫌でなければ大多数の意見には従う方なのに。今日の文燈は少し意固地な気がした。

「だいたい行程表はもう提出したろ。葉山もそんなに行きたいなら決める時にちゃんと主張すれば良かったんだ」

 畦地の言い分は正論だった。文燈は口をへの字に曲げて、何かを堪えるように拳を握っている。
 なんでそこまで、と思いつつ、風宇は二人を宥める。

「落ち着けよ。持統天皇はただの世間話だからさ」

「お前の持統天皇への想いはそんなものなのか?」

「そんなもんだよ、ワリィけど!」

 文燈は最近、風宇が畦地とよく喋っているのが面白くないらしい。
 何かにつけて二人の会話に割って入ろうとする。大抵、格好つけながら。
 その様子は、風宇にとっては新鮮で少し面白い。文燈を誘き出したくて畦地と会話する事もあるくらいだ。

 なんだかんだ、風宇にとって文燈は一番身近な存在になっている。文燈と一緒に修学旅行を過ごさないことは想像出来なかった。
 修学旅行の日が近づくにつれて、風宇はワクワクし始め、楽しみになっている。



「お邪魔しまーす!」

 文字通りの邪魔者がやって来た。若月だ。
 放課後になると、だいたい風宇たちのクラスを訪れる。

「ねえねえねえ、征士(まさし)の班はあ、班行動ドコに行くの?」

 小柄な若月は、長身の畦地の周りをチョロチョロしていると小学生の弟のようだった。

「東大寺周辺の散策と、土産物屋だ」

 畦地がそう答えると、若月はパッと顔を輝かせて嬉しそうに言う。

「ワッ、本当? 奇遇だなあ、僕の班もそうだよ。じゃあ、当日は一緒に回れたりするかもねえ」

 ウフフと笑って少し棒読みなセリフに、風宇はピンときた。

「……若月、お前の差金か」

 畦地が頑なに東大寺散策を譲らなかった裏には、若月からの指示がある。
 班長として一本筋が通った男だと思っていたのに。風宇は裏切られた気分だった。

「ええー? 何がぁ? 偶然でしょお?」

 白々しくはぐらかして、若月は文燈の方へと向かった。

「ねえ、広瀬くん。柱の穴くぐってるの、写真に撮らせてよお」

「いや……俺は無理だと思う。というか、やるつもりもない」

「エエー!」

 若月は盛大に残念がっていた。

「お前一人でくぐってろ」

 風宇はすっかり呆れて、若月に悪態をつく。黒幕のこいつにかけてやる情けはない、と思った。

「僕がくぐっても意味ないでしょお!」

 若月は文燈の写真を撮りたいのだ。風宇はついでである、というのが彼の動かし始めたSNSでわかった。
 アヤフウラバーと銘打って、二人の応援だと言い張っているが、若月が投稿する二人の写真はいつも文燈の方が大きく写っている。

「そんな事ない。(ひかる)が通れたら俺は嬉しい」

「征士は黙ってて!」

 寡黙で硬派だと思っていたのだが、畦地が若月を見る目はとても優しい。
 こいつはきっと若月の言いなりなんだろう、と風宇は改めて溜息が出る。

 けれど。

「風宇。帰ろう」

「おう」

 文燈が自分を見る目も同じように優しい。最近、その事に気がついた。
 前ほど一緒に帰るのが苦ではない。それどころか安心すらしている。

 若月の挙動は気になるけれど、所詮はクラスが違うから大した事はないだろう。
 風宇は、文燈と修学旅行に行くのがやはり楽しみだと思い直した。