校内ビジネスカップルの破局

 三学期は風宇(ふう)も文燈(あやと)も、去年より格段に平和に過ごすことが出来た。
 すでに文燈は冬休みから予備校に通い始めている。風宇の方は個別指導塾に春休みから行くことにした。
 受験の準備をじっくり考える事が出来たのは、偽装交際でモテなくなり、ゆとりが出来たおかげかもしれない。
 
 卒業していく三年生女子から告白も全く受けなかった。
 風宇は初めて気持ちよく先輩を送り出せたような、清々しい気分だった。

 三学期が終わり、桜は春休みのうちに咲いてしまった。
 今日から高校三年生。いよいよ受験にまっしぐらである。



「風宇、同じクラスになれたな」

 クラス分けは事前に学校からオンラインで通知が来ている。
 その時もメッセージを送ってきた文燈だったが、登校する今朝も嬉しそうにしていた。

「まあ、なるとは思ってたけど」

 風宇はわざと冷静な振りをした。
 本音を言えば少し嬉しい。だけど、それを表すのが恥ずかしい。
 文燈よりは喜んでいない。そんな立ち位置でいたいのだ。

 二人は国公立大学コースの一組だった。
 国家資格を目指す風宇と、国家公務員を目指す文燈。同じクラスになるのはほぼ必然だ。
 だからそんなに驚く事じゃない、と風宇は浮き足立ちそうになる自分を戒めている。



「ひーろせくーん! はーやまくーん!」

 学校に着くと、後ろから軽快な呼び声がする。
 振り返ると、校内ナンバースリーの可愛い系イケメン、若月(わかつき)光(ひかる)が輝く笑顔で走ってくる。

「げっ、若月」

 風宇は突然の彼の登場に、思わず素直な反応をしてしまった。
 正月、バレンタインと、こいつの変な行動に振り回された。そんな気持ちが出てしまう。

「おはよーございますう、ふふふ!」

 だが若月は風宇の態度を気にしてはいなかった。
 それどころか、とてもご機嫌で二人に笑いかけている。

 以前は片想いしていた文燈にだけ愛想が良かったのに。
 今朝は風宇にもニコニコと笑いかけていた。

「あのですねえ、この度、僕は新しい推し活をすることにしたんです」

「ふうん」

 文燈の反応は可もなく不可もなく、といった感じだった。
 若月を二度も振った割には、淡々とした態度だ。

 若月はそんな文燈の調子にもショックを受けず、ひたすらニコニコ笑っている。
 顔がいいから見ていられるが、それでも少し気持ち悪い。風宇は思わず一歩引く。

「新しい片想い先が決まったのか」

「広瀬! デリカシー!!」

 文燈の言葉に、風宇は急いでつっこんだ。
 さすがにそんな言い方はない。本当に若月に興味がないのだとしても。

「違います! 僕はずーっと広瀬(ひろせ)くんが推しだよお」

 若月はそれでも笑っていた。
 まだ文燈のことが好きなのだろうか、風宇は何故か今になって不安になる。
 だが、若月はそのまま風宇にも同じ言葉を言った。

「葉山(はやま)くんも一緒に推すことにしたんだあ」

「ん?」

「これ見て」

 若月は得意げに自分の携帯電話を風宇の目の前にかざす。
 画面にはSNSのプロフィールが映っていた。

「みっくん@アヤフウラバー……?」

 若月のハンドルネームだろうか。投稿ポストはまだなかった。

「僕はね、広瀬くんと葉山くんカップルの応援をしようと思いました!」

「え」

 嫌な予感がする。
 風宇のそれは大当たりだった。

「広瀬くんと葉山くんほど、顔がイケてる……いえ、イケ過ぎてるカップルはいない! 僕はそれを応援したいんだ」

「ふざけんなよ! お前、オレ達の顔を使ってバズろうとしてんだろッ!」

 何という悪どい事を考えるんだろう。
 明るい調子で、どす暗い復讐を考えている。風宇は瞬時にそう思った。

「違う、違うよ! よく見て、アカウントは非公開にしてるでしょ?」

「ええ?」

 もう一度携帯画面を見る。アカウント名の横に黒い鍵のマークがついていた。
 若月はようやく真面目な顔になって弁明を始める。

「これは、僕の自己満足アカウントだよ。ほとんどフォローは通さないから!」

「ええー……?」

 ほとんど、という部分が怪しい。
 風宇が疑いの眼差しを向けると、若月はますます眉を吊り上げて主張した。

「フォローを通すのは、御本人。つまり、広瀬くんと葉山くんだけって決めてるんだから!」

「するか、そんなアカウント!」

 風宇は怒りながら考える。
 どう言えばこんな暴挙を止めさせることが出来るか。
 人を説得するのが苦手な風宇は、後ろで静観している文燈を見た。

「広瀬、お前もなんか言ってやれよ!」

 片想いしていた文燈から言えば、若月も止めるかもしれない。
 風宇はそんな期待から文燈に話題を振った。だが。

「……ひとつ条件がある。俺のフォローを通せ。投稿は俺が全部検閲する」

「ええええっ!」

 前向きすぎる意見に、風宇はひっくり返りそうになった。
 若月は両手を上げて喜んでいる。

「ヤッター! 御本人から公認いただきましたあ! これで僕はアヤフウガチ勢第一号!」

「アヤフウ、なんて呼ぶな!」

 まるで女子がよく噂しているカップル呼びのよう。
 風宇が抗議しても、若月は全く動じない。それどころか早速文燈にIDを見せている。

「うへへー! アヤフウ応援隊長として頑張るねえ!」

「まあ、とりあえず、様子を見てやろう」

 お前はどうしてそんなに寛容なんだ! 振った罪滅ぼしなのか!?
 風宇は文燈の意外なノリの良さに衝撃を受けていた。

「ねえねえ、葉山くんもフォローちょうだいよ」

「するか!」

 自分だけは常識人でいたい。風宇は若月に怒鳴って否定した。
 だがノリノリの若月には通じなかった。

「えー、じゃあ、このアカウントは僕と広瀬くんの二人だけかあ」

 その言葉が引っ掛かる。
 二人だけ。
 なんか、それはちょっとおもしろくない。

「待て、やっぱり俺も入る」

 風宇は気がついたらそう言っていた。
 知らないところで、SNSを介して文燈と若月がやり取りするのは嫌だった。

「本当!? ヤッター! これで僕は完全無欠のアヤフウラバー!」

「だから、アヤフウ呼ぶなァ!」

 新学期早朝から、なんてカロリーの高いウザイベント。
 風宇は早くも疲れてしまった。

「それじゃあ、記念すべき初ツーショット!」

 だが間髪入れず、若月は二人の写真を撮り始める。
 風宇はもう怒る気力も失くなってしまった。

「後でポストしとくんで、確認ヨロでーす!」

「わかった」

 キャッキャとはしゃぐ若月に、大真面目で頷く文燈。
 そんなアンバランスな雰囲気にも、風宇はげんなりしてしまった。

「……絶対にオープンにするなよ」

 なんとか静かに釘を刺す。
 若月は初めて憮然として反論した。

「当たり前でしょお。これは僕だけのアヤフウメモリーなんだから」

 本当に大丈夫だろうか。
 まあ、広瀬も検閲するんだからと、風宇はそれでなんとか飲み込もうとした。



「あ、僕は二組なんだけど、幼馴染が一組だからしょっちゅう遊びに行くね!」

 若月は携帯電話片手に、そう言い残してスキップしながら先を行く。

「来んな!」

 風宇の叫びは聞こえたかどうかはわからない。
 若月はあっという間に昇降口に入ってしまった。

「楽しくなりそうだな、風宇」

 肩をポンと叩いて言う文燈。
 お前はなんでそんなにウェルカムなんだ。風宇は目眩すら覚える。



 受験本番になるのに、先が思いやられる。
 風宇は新学期がとても憂鬱になった。