最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 二人で帰宅すると、母さんが嬉しそうに出迎えてくれる。

 「あら。 今日は二人で帰ってきたのね!」

 「靴箱で会ったから」

 「誠吾が一緒に帰りたいって言うから」


 零時の言葉に母さんは物凄く嬉しそうな顔をする。

 俺がいつ一緒に帰りたいって?!

 視線だけで伝わるような顔をしたけど、先輩は完全にスルーだ……これじゃ、俺が兄大好きな弟的な立ち位置になってしまう……!


 「誠吾から一緒に帰りたいだなんて、お母さん嬉しいわ~~」

 「可愛い弟のお願いは聞いてあげないとね」


 もう穴があったら入りたい。

 でも母さんの様子を見る限り、もしかしたら俺と零時が仲良くできるのか不安だったのかな。

 人生ゲームを一緒にした時も感じたけど、俺と零時が仲良くしていると特に嬉しそうに見える。

 やっぱり親としては再婚したあと、俺たちの様子が気になるのかもしれない。

 零時はそれを分かっていて……なのか?

 なんだかポジティブに考えすぎな気もするけど、もしそうだとしたら少しは歩み寄った方がいいのかな。

 そして自室に戻ると、持ち帰った絵をどこに隠そうかを必死に考えた。


 「やっぱりクローゼットの中かな」


 もはや開かずの間になりつつあるクローゼットを勢いよく開くと、押し込んでいた昔の絵が沢山落ちて来て、室内に散らばってしまう。


 「うわぁぁ……こんなのアイツ以外にも見られたくない」


 急いで拾い上げ、その中に零時の絵を挟み、クローゼット内にある収納ボックスの中に無理やり押し込んだ。

 昔はいろんな漫画の絵を模写したな……懐かしい。

 今はデジタルが多いけど、やっぱりシャーペンや鉛筆で描くアナログも凄く好きだ。

 だからといってアイツの絵を描くとか、どうかしてる。

 でもまぁ、こんなところまで物色したりはしないだろう。

 こんなの見られたら、歩み寄るどころか引かれて気持ち悪がられるな。


 「……いや、その方がいいんじゃないか?」
 

 小学校時代のように避けられて喋れなくなった方がいい……のに、なんで迷っているのだろう。

 一緒に生活している内に、少しは絆されているのか?

 自分の気持ちがイマイチ分からない。

 そんなことを悶々と考えていた夕食時。


 「はい、誠吾。 お兄ちゃんが食べさせてあげるよ~~」

 「くっ……ぐぅ!」

 
 やっぱり嫌いだよ、こんな兄なんて!!!

 歩み寄ろうとした俺がバカだった。

 でも完全に拒否ることが出来なかった俺は、一回だけ零時からの「あーん」を甘んじて受けることにしたのだった。

 最悪だ……これ以上に最悪なことなど起こるはずがない。

 戦いに敗れた戦士のようにくたびれた俺は、疲れを癒そうとその日もゆっくりと湯船に浸ることに。

 夏になってきたし長風呂には気を付けよう。

 いつもより早めに体を洗っている最中に、脱衣場から零時の声が聞こえてくる。


 『誠吾の着替え、ここに置いておくよ』

 「……分かった」

 
 こんな恥ずかしいやり取りも、一緒に住み始めてしばらく経つと慣れてきてしまうから恐ろしい。

 今までは自分で用意していたのに、あまりにも用意したいってきかないものだから自分で用意するのもやめてしまうという。

 それもこれも家族が仲良くする為に必要なことだという気持ちによって、危機感がかき消されていく。

 いや、本当にこんなことが必要なのか?!

 何度も自問自答したけど、結局は零時に泣きつかれて終わる。

 俺も疲れ切ってるから諦めの境地なのかもな……。

 全部洗い終わったので風呂場から出ようとした時だった。

 扉を勢いよく開くと、そこにはまだ零時が立っていて、すぐに風呂場へリターンした。


 「ちょ……っ、なんでまだいんの?!」

 『誠吾のバスタオル探してただけだよ~~』

 「いるならいるって言ってよ!!」

 『男同士なんだからいいでしょ~~可愛かったし』

 「な……な……っ」
 

 なんっっって恥ずかしいことを恥ずかし気もなく!!!

 可愛いってなに?!!

 晩御飯の時のあーんより最悪なことはないと思っていた……でももっと最悪なことがあったなんて!

 いや、でも待てよ……アイツが言う通り、男同士なんだから見られてもいいだろ。

 なんで俺は——。

 よし、ここは開き直って出ていってやろう。

 そう思い、さっきのように意気揚々と扉を開く。

 ——ガララッ——


 「確かにあんたの言う通り、恥ずかしがること、ないよ、な……」

 「…………っ」


 風呂場から出てバスタオルをもらおうと思ったのに、目の前の先輩は目線を逸らし、顔を真っ赤にして立ち尽くしている。


 「え……なに……」

 「はい、バスタオル」

 「あ、うん……」

 「じゃあ」
 

 零時はそれだけ言い残して、すぐに去っていったのだった。

 え……いつも騒いでいるのは俺で、先輩が動揺するところなんて見たことなかったんだけど……顔、真っ赤だったな?!

 動揺する姿が見られた優越感から嬉しい気持ちもある。

 けど——なんで照れるんだよ……こっちまで恥ずかしくなってくる。

 自分で男同士なんだからって言ってたくせに。

 アイツのせいで心臓がうるさくて、なかなかおさまらない。

 思いがけない零時の態度に混乱しつつ、その日零時は部屋にこもってしまったので、夜はひたすらタブレットを使って絵を描き続けた。
 
 やっぱり絵を描いてる時は余計なことを考えずに済む……神絵師さんの描いてみた動画を見ながら、練習しよう。

 このタブレットとデジタルペンシルは、いつも絵を描いていた俺に母さんがサプライズでプレゼントしてくれたものだった。

 お金に余裕があるわけじゃないから、誕生日プレゼントもいつも断っていた俺……ずっと欲しかったのを母さんが知っているとは思わなかったけど、プレゼントされた時は本当に涙が出そうなほど嬉しかったのを覚えている。

 大事に使いたい。

 そしていつか漫画家になれたら……近頃はそんな淡い夢を抱きつつある。

 描いている最中に何度も脱衣所での零時の顔が浮かんできたけど、振り払うように夜な夜な絵を描き続けた。