咄嗟にスケッチブックからそれらの絵を引き剝がす。
「うわぁぁぁうそだろ?! こんなの見られたら……!!」
昔を思い出しながら描いたからか?!
無意識に描いたとか恥ずかしすぎる!!
こんなの美術室にも捨てられないし、家でも捨てられない……とにかく自分の部屋に持って帰らないと!
剥がした絵を全部鞄に押し込み、周りに誰もいないことを確認して何とか事なきを得た。
スケッチブックのアイツの絵……まるで俺が笑いかけてほしいみたいじゃないか!
絶対に誰にも見られたくない。
いつもは後ろに鞄を背負って帰るのに、その日に限っては前に抱っこするかのように抱えながら帰ることにして、美術室をあとにしたのだった。
とにかく早く、早く帰らないと……!
陰キャの全力を以って廊下を早歩きし、玄関口までたどり着く。
「良かった……もう大丈夫だ」
ホッとしたのもあって、思わず独り言を呟く。
すると、今一番聞きたくない声で返事が返ってくる。
「何が大丈夫なの?」
「え……わぁぁぁあ?! 零時!! なんで?!!」
「なんでは僕のセリフ」
あまりに驚き過ぎて、つい大声が出てしまう。
さっきまでサッカー部の人たちとグラウンドにいたはずでは?!
そう言いたかったけど、そんな事を言おうものなら「僕がどこにいるのか知っていたなんて!」とか「見ていてくれたの?!」とか言われてウザ絡みされそうなのでやめておいた。
そしていつものように零時の周りには取り巻きがいて、昔の光景が頭をチラついていく。
嫌だな……上級生に絡まれることに良い思い出がないのでそそくさと帰ろうとしたけれど、その人たちにも絡まれてしまう。
「この子誰?」「噂の弟くん?」「紹介して~~」
取り巻きの中には女子も何人か交じっている……さっさと彼女でも作ればいいのに。
そうすれば新しくできた弟に構ってくることもないだろう。
そんなことを考えると、ほんの少し胸がチリっと痛んだ気がした。
胃痛か?
取り巻きたちの質問に、零時は言いたくなさそうな表情だ。
この表情は知ってる……小学校時代、自分の友人が俺をいじっていた時の零時の表情だ。
だんだん腹立たしくなってきて、わざと悪い印象を与えるような自己紹介をする。
「どーも。 噂の弟くんです。 帰りたいんで、もういいです?」
ふん。
どうせ感じのいい弟を演じたところで、みんな勝手なことを言うに違いない。
小学校時代のように背も小さく、ただ言われっぱなしで震えている俺ではないんだと言わんばかりの言葉を吐いた。
やはり取り巻きたちにとって俺は悪印象だったらしく、
「感じ悪い~~」「礼儀がなってない」
などという声が聞こえてくる。
正直女の子みたいって揶揄われるより、感じ悪いって言われた方がマシに感じてしまう。
そのまま悪い印象でいてもらって、もう二度と関わらないでいてくれたらと願うばかり。
「それでは」
そう言って帰ろうとした瞬間、零時に腕を掴まれて引っ張られ、彼の腕の中に頭がすっぽりと収まってしまう。
「な……っ、零時!」
「こらこら。 失礼な態度取っちゃダメだろ、誠吾~~」
ただでさえ今朝の布団の中での出来事で恥ずか死ぬところだったのに、こんなみんなの前で……!!
「やめろ! 離せよバカ零時!」
「猫みたいだな~~誠吾の髪」
「やめっ」
俺の猫っ毛の髪をわしゃわしゃかき混ぜてくるので、髪が静電気でぐちゃぐちゃにされてしまう。
そんなことよりも顔が近い……!
コイツの匂いが——。
「ほら、暴れるから髪がもっと凄いことになっちゃったでしょ」
「お前がしたんだろ!!」
ようやく零時の腕から解放されたけど、その頃には髪が爆発していて、俺の怒りは頂点に達しようとしていた。
いったいコイツは何がしたいんだ?!
でも俺の怒りに反して、周りからは、
「あははっ! 弟くん、凄い髪型」「仲良し~~」「弟くんってツンデレ?」
などという言葉が聞こえてくる。
どこからどう見たら仲良しに見えるのか分からないけど、なぜか険悪になりそうな状況を回避したらしい。
零時はそこまで考えてやったんだろうか……?
本人の顔をチラリと見ても、ニコニコしているだけで何を考えているのかは分からない。
相変わらず何を考えているのか分からないヤツ——。
もう観念して取り巻きの人たちに適当に応えることにした。
「ツンデレじゃありません。 ツンツンです」
「「あははっ!」」
本当のことを言っただけなのに、思い切り笑われてしまう。
何がツボだったんだ……とにかくそろそろ帰ってこの恥ずかしすぎる鞄の中の絵を供養しなくてはと思い、頭を下げて玄関口を出ていこうとしたけれど。
「誠吾~~~~待ってよ~~一緒に帰ろう~!」
「イヤだ」
「でも一緒の方向だし、一緒の家だよ?」
「く……っ」
帰宅時間が同じになれば、もはや逃れようもない。
諦めのため息を吐きながら、さっきのような自身の友人がいる時の対応について、零時に忠告をする。
「あのさ、わざわざ庇わなくていいから」
零時からすれば自分の弟だから何とかしたかったのかもしれないし、もしかしたら自分の為にしたのかもしれないけど。
俺はバカにされるのも嫌われるのも構わないし、みんなと仲良くしたいわけじゃない。
でもそんな俺に思いもよらない言葉を返してくる。
「庇ったわけじゃない。 僕が可愛い弟を誤解されたくなかっただけだよ。 君は悪くないんだから正当に評価されるべきだ」
雷に打たれたような衝撃が走った。
それはまるで小学校時代の俺に対して言っているような気がして、言葉を返すことができない。
『君は悪くないんだから』
もしかして、あの時からそう思っていたのか……?
自分に都合よく解釈してしまいそうになる。
再会してから混乱してばかりで、目の前の零時をちゃんと見ていなかった。
あまりにもあの頃から印象が変わり過ぎていて、受け入れることもできずに拒否し続けていたから——。
「……サンキュ」
「さぁ帰ろう! 今日も僕が晩御飯食べさせてあげるよ」
「いらないから!!」
前言撤回。
この男は油断ならない……!
でもほんの少し、仲良くしてもいいかもしれない……零時の言葉は、そう思えるキッカケになったのは間違いない。

