最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 可愛い弟がフタバカフェのテーブルに突っ伏し、盛大に愚痴っている。

 
 「はぁぁぁぁ……なんでメイド喫茶なんだぁ…………」

 「ふふっ。 僕は楽しみで仕方ないけどね」


 誠吾のメイド姿なんて可愛いの確定なんだから。

 クラスの皆さん、グッジョブ!!

 僕は心の中で強くガッツポーズを繰り返していた。

 そんな僕を上目遣いで恨めしそうに見る誠吾……でも可愛いだけだからね。
 

 「絶対面白がってるでしょ……」

 「そんなことないよ! 君のメイド姿が楽しみだなって……ふふふっ」

 「他人事だと思って」


 僕じゃなくて君が着るってことに意味がある。

 誠吾はただ可愛いだけじゃないからね……多分クラスの女子よりも誰よりも可愛くなれるだろうから。

 前に脱衣所で裸を見てしまった時に体毛も薄くて少ないのも知ってるから、ありのままの姿でメイドになれると確信している。

 そんな可愛すぎる弟が僕のクラスの学級プロジェクトを聞いてきたので「お化け屋敷」だと伝えると、目を輝かせて何かを期待する目を向けてきた。

 この……かわいい生き物は……っっ!!

 絶対僕のお化け姿を見たいとか思ってるだろ!

 
 「なんだか楽しそうだね、誠吾」

 「え?! いや、そんなことは……」

 「いいよ、誠吾が見たいならお化け役やるよ」

 「いいの?」

 「もちろん。 君のお願いだもん」
 
 「へへっ。 ありがと」


 また胸を撃ち抜かれた音がした。

 ふいにありがとうと言ってくるの禁止……!!

 僕の心臓がもたない。

 無意識に可愛いを振りまく弟に対して、ちょっと意地悪な気持ちが湧いてきてしまう。
 

 「その代わり僕のお願いも聞いてね」

 「え…………どんなお願い?」

 「自由時間は一緒に行動してほしいんだ」

 「そんなことでいいの?」


 僕のお願いがそれだけだと思ってすっかり油断してしまっている誠吾に、トドメの言葉を告げる。

 
 「メイド服を着た誠吾と一緒に回れるの、楽しみだな~~」

 「は?!」

 「メイド喫茶の服装のままで回ろうね」

 「はあぁぁぁ?!!」


 反応が素直すぎて堪らない。

 物凄く嫌そうな顔をしているのに、今回は僕のお願いを叶えようと頑張ってくれるらしく、「仕方ないな。 着るよ」と言ってくれる。

 相変わらず口を尖らせながら。

 どうしたんだろう……二人きりで過ごした後から、いや、水族館の時くらいから、誠吾の態度が変わった気がする。

 なんていうか、優しくなったというか……自然と甘えてくれるようになったというか。

 誤解が解けたからかな……?

 全部嬉しいだけなんだけど。
 

 「誠吾~~~好き好き大好き!!」

 「だから、そういうのやめてよっ!」


 相変わらず僕からの好きは受け取ってもらえないけど。

 それにしても水族館の時に見知らぬ女性に囲まれた時、ゴミを捨てて戻ってきた誠吾が僕の服の裾を握っていた姿は本当に可愛かったな。

 見知らぬ女性たちに人見知りしてるのか、思い切り握りしめて——。

 申し訳ないけど、女性たちにグッジョブ!って思っていたのは本人には言えない。

 僕が君以外に興味が湧くわけないんだけど。

 最近は一緒の時間が増えて幸せだ。
 
 バスケットボール部の部長の渡辺くんが誠吾に突撃した一件以来、彼から目が離せない。

 まさかあんな形で誠吾に接触するなんて……彼のクラスに行くのが遅くなってしまったのを物凄く悔やんだ出来事だった。

 ゴミ捨てをしたらすぐに誠吾のクラスに行こうと思っていたのに。

 ほとんど話したこともないクラスの女子に捉まって……兄弟羨ましいとか言うから、ほんの少し意地悪を言ってしまったんだよね。

 
 『再婚だから……兄弟がほしかったとかじゃないんだけど』

 
 皆固まってたな。

 だって本当のことだし。

 僕自身は兄弟がほしいと思ったこともないし、誠吾と兄弟になりたかったわけじゃない。

 最初に再婚の話を聞いた時は、彼と兄弟になれば自分のこの想いはどうなってしまうのかと思って、できれば反対したかった。

 でもやっと話してくれた父さんにそんなことを言えるはずもなく……開き直って受け入れようとしたんだ。

 
 『でも……こんなに可愛い弟ができた僕は、物凄く幸せ者かな』

 
 そう言うと、周りの女子たちはホッとしたように笑った。

 今となっては兄弟になって色んな誠吾を知ることができたし、誤解も解けて良かったと思ってる——。

 兄弟以上の関係になるのが難しくなってしまったけれど。

 クラスにはいない誠吾を探してもう帰ったと情報を得て急いで靴箱へと向かうと、バスケットボール部の部長の渡辺くんが誠吾の両手を握りしめていた。

 僕ですら滅多に触れないのに……!

 咄嗟に後ろから引き離したけど、誠吾が涙目になっていて——。

 人と喧嘩してしまいそうになったのは初めてだったな。

 いつもは穏便に流せることも彼のことになると感情が揺さぶられてしまう。
 
 あの時も涙目の誠吾を見て、抱きしめて瞼にキスをして、人目もはばからず唇にキスをしてしまいたかった。

 あんな顔を僕以外に見せたくない。
 
 というわけで渡辺くんには後日説教をした。
 
 誠吾を傷つける人間にいい人ぶる必要もない。


 「僕の許可なく弟に近づいたら、永遠にバスケットボール部には入らない関わらないバスケットボールも触らないから」

 「あぁぁぁぁあああバスケを嫌わないでくれぇぇぇ!!!」

 「知らない」

 「田辺、すまなかったぁぁぁ!!」


 土下座までしてくるのでさすがに可哀想になり、今回ばかりは許したけど。
 
 でもなぜか今度は神のように跪く人間が増えてしまった……そして自分を気に入らない人間もいるのも分かってる。

 ガラの悪い人たちがいつも睨みを利かせているから。
 
 こうやって黙ってても周りが騒ぐから、自分のせいで誠吾を好奇の目に晒させていることも——。
 
 自分がそばにいて守ってあげなくちゃ。
 
 そう思っていたのに、まさか学校祭での学級プロジェクトで事件が起きるとは、思ってもいなかった。

 前夜祭も無事に終わり、翌日も朝から学級プロジェクトの準備に追われ、自分のお化け役前に誠吾のクラスを見に行こうと思っていたけれど少し遅くなってしまう。

 急いで駆けつけるとそこにはすでに誠吾の姿はなかった。


 「いらっしゃいませー。 お客様は3名様ですか?」

 「真くん、すっごく似合わないね」

 「ふはっ。 零時さん、ハッキリ言いすぎッス」

 「誠吾は? 見当たらないんだけど……」

 「あいつなら必要な食材を取りに行っていて……」


 真くんが話しているところにクラスの女子が寄ってきて、小声で話し始めた。


 「戸柱くん、なかなか戻ってこないから様子見てきてくれる? そんなに遠くないと思うんだけど……」

 「分かった」

 「真くん、僕も行くよ」

 「ッス」


 友人二人は喫茶にいてもらうことにして、真くんと二人で食材の置いてある音楽室に向かうことに。

 なんだか凄く嫌な予感がしてしまうのは気のせい……?

 何事もなければそれでよしだけど。


 「音楽室は二年生の階ッスよね。……扉が閉まってる」

 
 急いで駆けつけると扉は中から閉められていた。

 扉に付いてる小さな窓から中を覗き見ると、誠吾が僕のクラスの不良たちに囲まれて押し倒されている姿が目に入ってくる。


 「誠吾——!!!」

 「アイツら……!!」

 「真くん、ここにいて! 先生に鍵もらってくるから!」

 「ッス!」
 

 二年生の階に職員室があるので先生に事情を話し、鍵を持ってきてもらって開けてもらうことに——。

 僕の存在に気付いた誠吾が、中から僕の名前を必死に呼ぶ声が聞こえ……扉が開くと真っ先に誠吾を不良どもから引きはがし、キツく抱きしめた。

 メイド服姿が見られると浮かれていた自分がバカだった……両手や腕に怪我を見つけ頭が沸騰しそうになる。

 小刻みに震える愛する弟を抱き上げ、連行される不良たちをしり目に、とにかく保健室へと駆けて行った