「田辺零時の弟くん?」
「え……そう、ですけど」
上級生の一人、ツーブロックの髪型をした男が俺の前にやってきて、上から見下ろしてくる。
くそ——背が高いからって!
よく見たらみんな背が高くて間違いなく180cm以上あるな。
本当に見覚えがない上級生の面々に、何が起きているのか分からず混乱する。
零時って言ってるってことは、あの人の友人?
本人も望んでない取り巻きがいっぱいいるから、友人なのか知人なのか訳が分からない。
ガラが悪そうにも見えるけど……ヤンキーには見えないな。
「誠吾、知り合い?」
「全然」
真と小声で会話していると、初めに話しかけてきた男が突如頭を下げてきたのだった。
「誠吾くん、君にお願いがあるんだ!」
「ええ?!」
「まだ何も話してないよ」
「あ、そうですね……」
「田辺のことなんだけど……我がバスケットボール部に入部してくれるように、君からお願いしてもらいたいんだ!!」
俺の両手を握りながら、必死に懇願してくるのはなんと、バスケットボール部の部長だったのだ。
どうやら零時がどこにも所属しないで帰宅部を選んでいるから、なんとかしてバスケットボール部に入部してもらいたいらしい。
何度もお願いしたけど絶対にうんと言ってくれないらしく、弟の俺からお願いされたら効果があるのではと思ったみたいで。
「いや……そんなこと、お願いされても……」
「あのお兄さん、誠吾によわよわだもんね」
「真!! そんなことな……ぃ……っ」
自分で否定していて、顔が熱くなってくる。
他人から見てもそう見えるのか……さっきあんな言葉聞いたばかりだから、思わず自虐的な言葉が口をついて出てきてしまう。
「……俺が言ったところで結果は変わりませんよ」
「そんなはずはな——い!! あいつが頑なに部活をしないのは君のためだ! あいつは……超がつくほどブラコンだと宣言している!!」
あんの、アホ兄貴————!!!!
なんっっっってことを友人に宣言しているんだ!!
まさか周りの人間全部にそんな宣言を?!!
「わはっ。 強烈」
「真! 笑いごとじゃないっ!」
もう何からツッコめばいいか分からない……!
こんな話をされて喜べばいいのか悲しめばいいのか、自分の気持ちもよく分からない!
それにあんな言葉を聞いたあとで、俺の言葉にそんな威力があるとも思えない。
そう思うだけでじんわりと涙が滲んできてしまう。
アホ兄貴……なに考えてるんだよ……凄く惨めだ。
それでも自分があの人にとって影響力のある存在でありたいと願ってしまう。
「と、とにかく俺に言われても困りますので! この手を離してくださ……っ」
この場からなんとか逃げ出したくて手を振り払おうとした瞬間、すぐ後ろから聞きなれた声がしてきたのだった。
「僕の可愛い弟に、何をしているの? 渡辺くん」
「零時!!」
「田辺!!」
「誠吾に関わるなって言ったよね? 手まで握っちゃって……許さないよ?」
「いや、これは……! どうしても弟くんの力が必要で! そもそもお前がどこにも入部しようとしないから!!」
真後ろに零時がいる……ただそれだけなのに。
心臓が異常なほどに脈打つ。
ドクドクどくどく——。
『僕の可愛い弟』
いつも言われてる言葉なのに、涙が出そうなほど嬉しい自分がいる。
さっき否定された反動なのかな。
今までの零時の言動や行動がウソだったなんて思いたくない。
「零時……」
「誠吾! どうしたの?! 渡辺くんに何かされた?!!」
「いや、なんも……」
俺が涙目だったからか零時はとても慌てながらも、自身の手で俺の涙を拭ってくれた。
その手がとても優しくて、離したくなくて……そのまま零時の胸に顔を埋めてしまいたかった。
頭を撫でて髪が綺麗だって触って微笑んでほしい。
もうこんなの、ただの兄弟に向ける気持ちじゃない——。
「田辺! 頼む!!」
そんな中でもバスケットボール部の渡辺部長は、零時に入部してもらおうと必死だった。
高体連も終わり、部内の世代交代も進んで、零時を新戦力としてどうしても欲しいんだろうな。
背も高いし運動能力も高い。
今からでも十分戦力として扱えるから。
チラリと零時の表情を窺うとバッチリ目が合い、ニッコリ微笑んでくる。
その笑みがあまりにも慈しみに満ちていて、思わず俯いた瞬間に頭を優しく撫でられ、胸が苦しくなった。
心臓の鼓動がジェットコースターのようだ。
「誠吾、君は何もしなくていいからね」
「でも……っ」
「いいんだ。 僕が嫌なんだ。 部活に入部して君との時間が減るのが」
「え…………まさか、それが理由?」
俺の問いに当然と言わんばかりに頷いてくる零時。
ここにいるほとんどの人間が凍り付くような言葉だった。
「田辺……お前はそんな理由で……いつもいつも我々の頼みを断って……!!」
「そんな理由じゃないよ。 僕にとっては死活問題。 一番大事な時間なんだから邪魔しないでくれる?」
「お前という奴はぁぁぁぁあああ」
「もう、うるさいな~~渡辺くんは……だから嫌だったんだ。 弟を一人にするのは」
「え…………」
零時の言葉を聞いて色々と思い出す。
いつでもどんな時でも彼が張り付いてきて、最初は鬱陶しいしなんでこんなに一緒に行動しようとするのかなって思っていた。
上級生がこうやって俺に突撃してくるのが分かっていたから……?
実際に一緒に登下校するようになって上級生からの絡みは減ったし、何かあれば零時があしらってくれるので安心なのは確かだった。
「というわけで入部に関しては諦めてね、渡辺くん」
「田辺ぇぇぇ……俺は……俺は諦めんぞ……っ!! 絶対お前に入部してもらい、必ずや地区優勝、そして県大会優勝を目指す!!!」
「はいはい。 頑張ってね」
「覚えてろ——!!!」
バスケットボール部の皆を引き連れて怒涛のように走り去っていった渡辺部長の後ろ姿を眺めながら、俺たち三人は呆気に取られてしまう。
物凄い執念。
物凄い気迫……パワー……!
それに全く影響されない兄が凄すぎなんだけど。
「本当に良かったんスか?」
真がニヤニヤしながら零時に声をかけた。
「愚問だね。 僕にとって優先すべきものは決まってるから」
「ふはっ。 超ブラコン、やっぱり強烈」
「笑いごとじゃない!!!」
さっきゴミ捨てしてる零時が言っていた言葉とか全部吹っ飛んでしまいそうな出来事に、涙目になりながら二人にツッコみを入れる。
なんなんだ……すでにすっかり外堀を埋められていたとは。
兄弟がほしかったわけじゃない零時が、ここまで超ブラコンを宣言して俺に執着する理由は分からない。
でも、なんだろう……今は気持ちがスッキリしている。
「真、もう帰ろう」
「誠吾! 僕も一緒だよね?!」
いつもの零時……物凄く一緒に帰りたそうな表情に、顔が緩みそうになるのを堪えて意地悪を言う。
「どうしようかな」
「そんな~~~」
「ウソだよ。 一緒に帰ろ」
俺にはもう零時を拒むことはできないんだろうな。
今は彼も兄弟でいることを受け入れてくれている。
どうかこれからもこのままでいられますように。
自分の気持ちはとっくに兄弟に向けるものじゃないって今更気付いてしまったけど……その気持ちに蓋をして、兄弟でいようと決めた——。

