最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 「あ——……疲れた」

 「まだ学校来たばっかだろ」


 朝から気持ちが疲れ切って机に突っ伏し、思わず出た言葉にツッコミを入れてくるのは、同じクラスの友人、石田真。

 入学した時は席が出席番号順に並んでいるが、俺たちは隣り同士だった。

 真は中学まで野球をやっていたらしく、物凄く日に焼けていて体格がいい。

 なんで今は野球部に入っていないのかは分からない……あまり口数は多くないけど、俺の話をじっくり聞いてくれて的確な言葉をくれる、信頼できる人間だ。


 「昨日来たんだよ……」

 「ああ。 新しい家族か?」


 真の質問に無言で頷く。

 母さんが再婚し、田辺さんと先輩が我が家に引っ越ししてきて荷ほどきなどを手伝ったから疲れている、というわけではない。

 あのくらいで体に疲れが溜まるほど、やわじゃない。

 とにかく先輩が……名前を呼べとうるさい。

 そして無理やり会話しようとしてくる。

 なんなんだ、あの人……異様に距離も近くて、息がかかりそうな距離に先輩の顔があるから視線をどこに持っていけばいいのか分からなくなる。

 その結果先輩に、


 『誠吾って挙動不審な時あるよね』


 と言われてしまう。
 
 一体誰のせいだと……っ!!

 あの人は自分がイケメンだという自覚がないのか?!

 いくら大嫌いだとは言え、顔面偏差値の高い人間が間近にいると緊張してしまう……!

 家にいるのが苦痛だ……。


 「再婚相手は凄くいい人なんだけど、兄弟になったヤツが強烈なんだよ……」

 「小学校時代に因縁のある先輩か」

 「そう……まぁ、学校は違うからここでは息を抜けるけどな」

 「じゃあ、今日帰りにムックでも寄るか?」

 「いいね!」


 さすが真は気が利くな。

 駅前のムックは学生にも人気のファーストフード店……ウチの高校の生徒が多いけど、先輩に会うことはないから安心だ。

 学校ではマスクもしているし、しつこく話しかけてくる人間もいないし。

 学校がこんなに心休まる場所だと感じたことはないな。

 俺の癒しの場…………そう思っていたのに。

 一限目が終わった直後、今一番聞きたくない声が聞こえてくる。


 「誠吾~~~~今日一緒に帰ろう!」

 「なっ! なんで、ここに?!!」


 あまりに驚いて椅子からずり落ちた。

 カッコわる……っ!

 そうじゃなくて、高校は違うはずじゃ?!!

 驚き言葉を失う俺に、真が引きつった顔で聞いてくる。


 「誠吾、もしかしてアレ……」


 もう何も言えない俺は、真の顔を見て必死に頷いた。


 「マジか……強烈」


 せっかく高校では穏やかに過ごせると思ったのに!!

 嘆く暇もなく先輩が教室に入ってきて、突如真との間に割って入ってきた。


 「ちょっと君、僕の可愛い弟と見つめ合わないように」

 「「ええええ!!」」


 今のひと言で我が家の事情が一気にクラスメイトに知れ渡ってしまったのだった。

 ひっそりと過ごしたいと思っていた俺の平穏は、こうして大嫌いな先輩によってまたしても奪われてしまう。


 「うそ——兄弟?」「あの人、めっちゃカッコいい!」「戸柱くんうらやま~~」


 全然嬉しくもない言葉が聞こえてきてゲンナリする。

 俺の想いとは裏腹に先輩はとても嬉しそうで、皆に兄であることをアピールしたのだった。


 「皆さん。 可愛い弟のこと、よろしくね」
 
 「「はい!」」


 イケメンで陽キャって最強かよ……もうクラスのほとんどが零時先輩の虜になっている。

 ガックリ項垂れる俺の背中を摩ってくる真。

 俺は涙目で真を見上げ、真の目には同情の色が色濃く滲んでいた。


 「大変だな、誠吾。 これは疲れるわ」

 「…………だろ。 早くムック行きたい」


 散々クラスメイトに愛想を振りまいた先輩は二限目のチャイムが鳴ったので、颯爽と去っていった。

 嵐が去ったようだ……先輩が去った後もクラスが騒めいている。

 小学校の時もいつも取り巻きを引き連れていたし、基本的に黙っていても人が寄ってくるほどのイケメンなので本人は意図していないとしても、こちらの気持ちも考えてほしい。

 その後もたびたびクラスに顔を見せては手を振ってくるので全スルーだ。

 ウィンクまでしてくる。

 その度に女子の黄色い声が上がり、すでに学校で人気者になりつつある。

 陽キャ恐るべし!!

 でも無視し続けていると、だんだんと周囲から先輩が可哀想だという目で見られるようになってきて……不本意だけど手を振り返さなくてはならなくなるという。


 「なんっっっで俺が手を振らなきゃいけないんだっ!」


 ようやく放課後になり、真と学校帰りにムックに寄って盛大に愚痴る。

 ただでさえ家に帰ってもヤツがいるのに学校でも顔を合わせることになり……大嫌いな人間に愛想笑いしなきゃならないなんて!


 「モンスター並みだな。 ご愁傷様」

 「真~~~俺、どうすりゃいいんだ……帰ったらいるし……学校にもいるし。 第一転入するなら言ってくれても……!」

 「言ったらいいのか」

 「いや、無理」

 「ふはっ。 結局ダメじゃねぇか」


 小学校の時は静かそうな印象だったのに……そうだ、あの頃はすごく儚げで、綺麗で——。

 最初に見た時は見惚れていたけど。


 「誠吾? 顔赤いけど、どした?」

 「……いや、なんでもない」


 一瞬昔に戻ってしまった。

 とにかくあの頃とは全く違う今の距離感や態度に、全然頭も心も付いていかない。

 今は本当に……なんか甘ったるい。

 不本意だけど、なぜか優しい。

 必要以上にスキンシップも激しくて、親しくなろうとしてくる。
 
 前は真逆だったはずだ……俺を避けて…………なのに——。


 「俺さ、アイツが近付くと心臓がやたらと苦しくなるんだよね」

 「それって……」

 「やっぱり、めちゃくちゃキライってことだよな?」


 体が拒絶反応を示すなんて、どれだけ凶悪だよ。

 この時は全く分かっていなかったんだ。

 なんで先輩が近付くと心臓がうるさくなるのか。

 顔が熱くて居心地が悪いのか。

 
 「仕方ない。 明日から美術室に寄って帰ろ」

 「そういや美術部だったな」

 「バタバタしていて、あまり行けてないけどな。 こういう時は無心で絵を描くに限る」


 そうだ、絵を描いている時は色んなことを忘れられる。

 小学校の頃から女子に交じって絵ばっかり描いていたのもあり、女子に間違われやすかったのも仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

 いつもは部屋でタブレット使ってデジタルで描いているのが多いけど、アナログで描くのも好きだから美術部に入部したのだ。

 俺が絵を描くことを先輩は知らないし、美術部に来ることもないよね。

 良い案が浮かんでご機嫌になったところで、しばらく真とムックで雑談したあと、颯爽と帰宅したのだった。