最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 学校の家庭科の授業以外で包丁を使ったことのない誠吾に、いきなり包丁を持たせるのは危険だと思い、まずはピューラーでじゃが芋の皮を剥いてもらおうと考えた。

 玉ねぎは包丁を使わなきゃだし、じゃが芋と人参ならできるだろうから。

 そう思ったんだけど……。

 
 「終わったよ。 どう? 初めてにしてはちゃんと出来てるでしょ」

 「そ、そうだね。 ありがとう、誠吾。 助かったよ」


 やっぱり初めてはそうなるよねっていうくらい、剥き残しはあるし、綺麗とは言い難い仕上がりだった。

 でも彼はやり切った感が強いのか、自信満々に渡してくる。

 最初に彼と出会った時の印象とは真逆……でも今の方がはるかに好きだし、彼が綺麗だと思う気持ちは変わってない。

 見た目だけじゃない美しさ。

 そんな彼にいよいよ包丁を握らせてみたけれど、案の定指を切ってしまい、彼の綺麗な指から血が出てきたのだった。

 
 「やってしまった……」

 「誠吾! 大丈夫?!」

 「ごめ……ちょっと切れただけだから」

 
 想定していたことだけど、実際に血を流している彼を見て冷静でいることは難しく、すぐに彼の指を口に含んだ。

 僕のせいだ。

 やっぱり包丁を使わせるべきじゃなかった。

 僕とは違って綺麗な君の手が傷つくなんて——。

 
 「れ、零時……」


 誠吾に名前を呼ばれてようやく我に返った僕は、兄弟の線を越え、やり過ぎたことに気づく。

 そして何とか取ってつけたような言い訳して誤魔化すと、誠吾もそれに合わせてきてくれたのだった。
 

 「ったく。 子供扱いするなよな。 さっきまで土も付いてたんだから口に入れたら汚いだろ」

 「ははっ、そうだよね。 手洗いして絆創膏着けた方がいいよ」

 「そうする」


 洗面所に去っていく彼の背中を見ながら、深呼吸を繰り返した。

 いけない……最近は気持ちを抑えられないことが多い。

 僕は嫌われているんだし、彼を傷つけて嫌な想いをさせたんだから、これ以上は気持ち悪がられる。

 兄弟の領域から出てはいけない。

 そう思うのに……君の魅力に抗うことができない。

 手を洗って戻ってきた誠吾は、僕の目を真っすぐに見て、宣言する。
 

 「また怪我するかもしれないけど、絶対に止めさせないでよ」

 「え……でも……っ」

 「絶対に完成させたいんだ。 お前と一緒に」


 僕と一緒にって……そんなの、まるで君の方から歩み寄ってくれてるみたいじゃないか。

 涙が出てしまいそうなのを堪えるのに必死で、つい茶化すような言葉を言ってしまう。

  
 「誠吾~~~お兄ちゃん嬉しいよ!!」

 「急に兄貴ぶるなよ!!」

 「だってお兄ちゃんだもん!」

 「だもんって…………ははっ」


 こんなやり取り、誠吾は最初とても嫌がって……全身で拒否っているのが伝わってきた。

 でも今は笑顔になることも増えてきたんだよね。

 もしかしたら受け入れてくれたのかもって、心は知らずに期待してしまう。

 浮かれる僕に誠吾が放った言葉は、一気に現実に引き戻したのだった。


 「父さんの為に頑張ったんだろうなと思って」


 僕が料理を頑張った理由。

 それはそんな綺麗な理由じゃないよ……確かに手伝って良かったって思ったけど。

 でも本当は、僕でも役に立つことを証明したかったからだ。

 あの母親と同じ人間だと思われたくない。

 同じように役立たずな人間だったら、父さんも僕に愛想を尽かせてしまうのではないか、と思うことが怖かった。

 何とか存在価値を示さないとと思って必死だっただけ。

 今は父さんの愛情も感じてるし、そんなのは杞憂だったって分かってるけど……小さいながらも必死だった自分を思い出す。

 やっぱり自分は打算的で汚い人間かもしれない。

 そんな気持ちが頭を擡げる。

 
 「……そんな純粋な気持ちじゃないよ。 でも父さんが助かっていたなら嬉しいな」


 これは本当の気持ち。

 結果的に父さんが助かっていたなら嬉しい……母親と同じ人間にはなりたくないから。
 
 同じ血が流れているから抗いようもないんだけど。

 浮気性の血、僕と父さんを捨てて出て行った母親の血……僕の方がよほど汚れている。

 でも目の前で輝くような笑顔を見せる君と一緒にいると、こんな僕でも綺麗になったような気持ちになれるんだ。