すーすーと健やかな寝息が隣りから聞こえてくる。
義理だけど僕の可愛い弟が寝落ちてしまい、幸せそうな顔で隣りにいる。
なんて幸せなのだろう……この柔らかな髪も僕が乾かしてあげたんだ。
髪の毛一本一本を触りながら、うっとりしてしまう。
本当に綺麗——。
こんなに素晴らしい髪を全く手入れしようとしないんだから……おかげでドライヤーをかけてあげる役目を奪取できたし、これからも手入れしてあげたい。
自分の中で、欲がどんどん膨らんでいっているのが分かる。
兄弟になって色んな彼を見るようになって、彼への「好き」は加速するばかりだった。
放課後の美術室————
誠吾が美術部員だということを母さんから聞き、放課後に顔を出すと真剣に絵を描く彼の姿がそこにあった。
たまに顧問の先生がいて、距離が近いのが気になるから毎日顔を出しているとは誠吾には言えない。
僕はノンケじゃないし、彼に恋愛感情を持っているから分かる……相手に下心があるかないかが。
でも僕が来たら、良い意味でも悪い意味でも誠吾は僕のことで頭がいっぱいになるのは分かっているから。
「せーいご!」
「また来た……」
「ふふっ。 嬉しいでしょ?」
全然嬉しそうじゃないけど、僕が声をかけた時点で僕のことばっかり考えている誠吾を見ていると満たされる。
僕もたいがい変人だ。
でもそんな僕もたまには本音を言う時もある。
特に彼が描く絵は本当に本格的で、美しい。
鉛筆で風景を細かくかいているのを何枚か見て、感動の声を上げてしまう。
「うわ——凄い! こんなに上手いなんて思わなかった!」
「おい、零時! 見ないでよ!」
高校生の画力なんだろうか?
どのくらい凄いか表現しきれないけど……僕に茶化されていると感じている誠吾に、ちゃんと僕の気持ちを伝えてみた。
「僕は自慢したいよ。 僕の弟がこんなに絵が上手いんだって。 今すぐ世界中の人に言いたい」
「零時って、変わってるよね」
「そうかな」
「そうだよ……でも、サンキュ」
思いがけないお礼の言葉に、喜びは頂点に達してしまう。
「誠吾~~~~もう一回言って! 兄貴って付け足して!!」
「何で?! 二度は言わん!」
そう言っていたのに、僕があまりにもしつこくて根負けしたのか、自宅付近でもう一度言ってくれたのだった。
今度は「兄貴」を付け足したバージョンで。
「…………サンキュ、兄貴」
「好き!!!」
もう本当に好き。
照れて唇が少し尖るのも、本当は凄く優しくて自分を傷つけた相手でも優しくしちゃうところも。
本当は感情が豊かで、すぐに顔に出るから嘘がヘタなところも。
絵を描いてる時の真剣な眼差しも。
誰にも渡したくない。
この頃から僕の中に少しずつ独占欲が芽生え始めたのだった。
中間テストが近付き、その日は美術室に寄っても誠吾がいなかったので大人しく帰宅すると、玄関に見られない男物のスニーカーがある。
これは……なんだか凄く嫌な予感がする。
「母さん、誰か来てるの?」
「そうなの! 誠吾が久しぶりにお友達を連れて帰ってきたのよ~小学校以来かしら」
「友達……」
心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
落ち着け。
彼は僕と違って同性に恋愛感情を持たないんだから、ただの友達だ。
でも家にまで連れてくるなんて、よほど仲が良いの……?
誰が来ているのか確かめなきゃと思い、階段を駆け足で駆け上っていく。
あまりに余裕がなくてノックもなしに扉を開くと、そこには誠吾と同じクラスでいつも彼と一緒にいる友人……真くん、だっけ。
彼と勉強している姿が目に入ってきたのだった。
「真に英語を教えてもらう為に家に来てもらってるんだ。 ちょっとうるさくしたらごめんだけど、零時は部屋で……」
「勉強なら僕が教えたのに!」
「いや、普通は友達に頼むでしょ」
誠吾の隣りにぴったりくっついてる……距離が近すぎるんですけど?!
「兄弟でしょ!!」
僕の魂の叫びはあまり効果はなく、なぜか友人の方に笑われてしまい……あまりに僕がしつこいから真くんが誠吾に「まぁまぁ。 3人でやれば」と言ってくれたのだった。
優しいな……?
勉強を教えている最中も観察したけど、この真くんという誠吾の友人は、あまり危険な匂いがしない。
気を抜くな、と自分に言い聞かせるけどやはりそういう雰囲気もなく。
試しに真くんがトイレに下りていって、僕も母さんが用意したお茶やお菓子をもらいに一階に行った時、
「真くん、誠吾と仲良くしてくれてありがとう」
と伝えてみる。
本当はこんなことを言いたいわけじゃないけど……彼と親しいのは自分だけでいいという独占欲が邪魔をしてくる。
でも僕の意に反して、真くんから返ってきた言葉は友人として誠吾を思いやる言葉だった。
「アイツ、兄貴ができてから明るくなったんすよね」
なんていい子なんだろう!!
わざわざ僕にそんなことを伝えてくれるなんて……買ってにライバル視してごめんと心の中で何度も謝る。
「誠吾のことよろしくね!」
と少し兄貴ぶって意気揚々と言うと、なぜかニヤリと笑い
「はぁ……でもお兄さんがよろしくしてやった方が喜びますよ」
と言い始め、もう真くんとは親友になれそうな気がした。
僕もたいがい調子がいいな。
でも真くんの言葉は嬉しいけど、僕がよろしくしてやって喜ぶとは思えないんだ。
あんな風に傷つけた僕が……彼を無視して避け続けた僕が——。
さっきも疲れて眠る誠吾の頭を撫でていると堪らなく愛おしい気持ちが溢れ、髪にキスをした。
もう離れることはできないくせに、独占欲だけは一丁前で。
僕はそんな自分が、堪らなく嫌いだった。

