「え…………」
何が起きているのか分からず、固まってしまう俺。
零時が、俺の指を銜えて血を吸っている。
何て声をかければいいのか……言葉が出てこない。
やっとの思いで名前を呼んだけど、消えてしまいそうなか細い声になってしまう。
「れ、零時……」
俺の声を聞いて我に返ったのか、零時はすぐに顔を上げ、いつものように笑顔と軽い口調で切り返してきた。
「ごめんごめん。 つい小さい子にやるような事をしちゃった~」
「ったく。 子供扱いするなよな。 さっきまで土も付いてたんだから口に入れたら汚いだろ」
「ははっ、そうだよね。 手洗いして絆創膏着けた方がいいよ」
「そうする」
勧められたのをいい事にその場を離れ、手を洗いに洗面台のある脱衣所に向かった。
顔が、血を吸われた指が、熱い——。
「なんなんだ、あれは…………」
自分の顔がどうなっているのか分かるから鏡を見ずに急いで手を洗って、救急箱から絆創膏を取り出し、人差し指に巻いていく。
この傷は自分が料理をした証。
思わずさっきの場面を思い出しそうになるけど、振り切るようにすぐにキッチンに戻った。
そして零時に念を押すようにお願いをする。
「また怪我するかもしれないけど、絶対に止めさせないでよ」
「え……でも……っ」
「絶対に完成させたいんだ。 お前と一緒に」
俺にしては物凄く恥ずかしいことを口にしている自覚はある。
さっきの様子だと、もう包丁を持つのはやめようって言われてしまいそうで……言われる前に伝えておこうと思ったのだ。
せっかく先輩が色々教えてくれた時間を無駄にしたくない。
二人で完成させたいという気持ちが強かったから言っただけ……なんだけど。
「誠吾~~~お兄ちゃん嬉しいよ!!」
唐突に抱きつかれて身動きが取れなくなる。
こういう時の零時の馬鹿力は本当に凄くて、俺が少し動いたくらいじゃビクともしない。
分かってはいるけど、恥ずかしすぎるから反論せずにはいられないのだ。
「急に兄貴ぶるなよ!!」
「だってお兄ちゃんだもん!」
「だもんって…………ははっ」
ハチャメチャなやり取りがだんだんとバカバカしくなり、笑いがこみ上げてくる。
まぁ、そろそろ良い兄であることは認めてやってもいいか——。
「じゃあ、お兄ちゃん。 肉じゃが完成させちゃおうよ」
「誠吾~~~好き好き」
「はぁ……」
抱きつかれたまま頬擦りを繰り返すしょーもない兄に脱力し、仏のように無になることで事なきを得た。
この人はいつも俺の考えの斜め上をいく。
こんなの気にしてたら身がもたないな。
なんとか興奮する兄を落ち着かせて肉じゃがの続きに取り掛かることにした。
零時が自身で切った豚肉を手際よく炒め始め、火が通ってきたらそこに俺が切ったじゃが芋や人参、玉ねぎなどを次々に投入。
フライパンを自由自在に操る姿に感嘆の声が漏れてしまう。
「すご……プロみたい」
「ふふっ。 ありがとう」
その後も流れるように煮込みまで進み、肉じゃがを煮ている内にコールスローも作りたいと言ってキャベツを取り出した零時は、包丁を手に持った。
「千切りなら千切りするヤツ使った方がいいんじゃないの?」
「いや、手でできるから大丈夫」
え、そんな神技できるの?と思ったのも束の間、すぐに先輩の神技が炸裂する。
驚きの速さでキャベツが刻まれていき、これは料理人レベルなのでは?と口から出てしまいそうだった。
おかしいでしょ、この動き!!
ていうかこんなに上手なら、絶対俺の包丁を持つ手付きが怖かったよね……羞恥心に襲われそうになるけど、感動の気持ちの方が大きかった。
「……凄すぎ」
「そんなことないよ~~このくらい出来る人は沢山いるから」
「いや、そうだけどさ。 そうじゃなくて、父さんの為に頑張ったんだろうなと思って」
2人での生活だから色々と助け合っていたんだと思う。
零時も出来る限りのことをして、その結果こんなに料理上手になったんだろうなと思うから。
正直に伝えただけなのに、当の本人は笑っているけど……少し悲し気にも見えるような笑みをたたえていた。
「誠吾がいい子過ぎて……そんな純粋な気持ちじゃないよ」
「そう、なの?」
「……でも父さんが助かっていたなら嬉しいな」
「助かってたに決まってるよ! 俺なんて母さんに任せて何にもしてなかったからな」
「あははっ。 なんで得意げなの」
さっきの憂いを帯びた表情の理由は分からずじまいだったけど、笑顔が戻ったのでホッと胸をなでおろす。
いつも自分と話す時はたいてい笑顔だからか、零時が笑っていないと落ち着かない。
色々と話している内に料理から脱線しそうになるけど、なんとかコールスローも作り終わり、肉じゃがの味付けも終わって無事に夕飯が完成した。

