その後、もう一度顔合わせが行われ、二度目の顔合わせから一カ月後に母さんと田辺さんは入籍。
再婚なので俺と圭吾は養子縁組をして、俺たちは正式に家族になった。
でも苗字を変えたくないという俺たちの意向もちゃんと聞いてくれて、学校では今まで通りの苗字で過ごす事が決まった。
俺の家は父さんが亡くなる前に建てられた戸建てだ。
幸か不幸か名義人が亡くなるとローン残高ゼロになるという保険に入っていたことから、母さん一人の収入でもこの家に住み続けている。
向こうはマンション住まいで俺たちに引っ越しをさせるのが心苦しいということで、田辺さんと先輩は我が家に引っ越してくることになったのだ。
今日はその引っ越してくる日。
まだ心の整理もついていないのに、状況だけが刻々と変わっていく。
今日から零時先輩と兄弟——。
先輩は俺の一個上の高校二年生。
比較的自身の高校もここから近いから引っ越してきても不自由はしないんだろう。
ていうか小学校の時は同じ校区に住んでいたはずなのに、いつの間にか引っ越していたんだな。
どうりで中学校で顔を合わせなかったわけだ。
自室でそんなことを考えている内に、玄関のインターホンが鳴った。
「はーい!」
母さんが元気に応える声が聞こえてくる。
手伝わないわけにもいかないか……観念して二階から下りていくと、玄関には田辺さんと先輩が立っていた。
「こんにちは」
「誠吾くん、こんにちは! 今日からお世話になるよ」
「よろしくお願いします」
田辺さんは本当に良いお父さんといった感じで、小学生の時に父さんを亡くして以来の父親の存在に、戸惑いよりも喜びの方が勝っているかもしれない。
何より母さんがとても嬉しそうで……再婚して良かったと思う。
ただ一つ、先輩と兄弟になる点以外は。
そしてその先輩はというと、今日も今日とて我が道をいくスタイルだ。
「こんにちは! 誠吾の部屋見せて~」
「は?」
再会してからずっと名前呼び。
小学校の時はほとんど会話したことなんてなかったのに。
そしていつものように有無を言わさない様子で、ずんずん二階へ上っていく。
初日からこれって……特に見られて困るものはないにしても、突然入られたら恥ずかしいんだけど!
急いであとを追ったものの、時すでに遅し。
喜々として俺の部屋を物色していたのだった。
この人とこれから兄弟として一緒にやっていくのか……ゲッソリする俺のそばに寄ってきて、無遠慮に肩を組んでくる。
「ねぇ……」
「ちょ……なに……」
陽キャは距離感もバグってるの?!
イケメンの顔面が近くにあるのは心臓に悪い。
なぜだかいい匂いがする気がするし、とにかく離れようとするけど、先輩の方がデカいし力がバカ強い。
単純に陰キャの俺の力が弱いというのもあるけども。
「先輩、離してくださ……っ!」
身を捩ってお願いしながら先輩の方を向くと、頬に彼の人差し指がふにっと刺さる。
「せん……ぱい?」
「先輩は禁止ね。 零時って呼ばないと、赤ちゃん言葉で喋るよ」
「………………」
投げ飛ばしてしまいそうなのをよく我慢したと思う。
小学生か!!!
部屋から即座に追い出し、扉に鍵をかけた。
この人は危険だ……極力関わってはいけない。
頭の中で警報が鳴っている。
しかし扉の外からは呪いのような声が聞こえてくるのだった。
「誠吾~~零時って呼んで~~~」
「怖いですから!」
「兄ちゃん! れいじ兄ちゃんがかわいそうだよ!」
「圭吾~~」
先輩のおかしな声を聞いて弟がやってきたかと思うと、すっかり先輩の味方をしてしまう。
この家に俺の味方はいないのか——。
くそ……弟にまで嫌われるのは避けたい。
「…………零時……これでいいですか?」
「敬語も禁止ね」
「はぁ……分かったよ」
何もかもが前途多難でため息しか出ない。
その日は荷物を運びこんで一緒に荷ほどきを手伝ったけど、絶えず先輩がそばにいて、「零時って呼んでみて」とずっと言われ続けてしまう。
あまりに言われすぎて、その日の夜は先輩を零時と呼ぶ練習をする自分が夢に出てきて、夢の中でも先輩の名前を呼んでいた。
なんて人なのだろう。
俺はあなたとのことを忘れたくて、なかったことにしたくて必死だったのに。
簡単に俺の中に入ってくるこの先輩が、やはり物凄く大嫌いだと再認識したのだった。

