最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 零時と真と一緒にテスト対策をした日から、俺の心臓はおかしくなったらしい。

 零時が近くに来ると、やたらと動悸がしてくる。

 原因は分かってる……あの時からだ。

 頭に……キ、キ、キスをされてから……!!

 思い出しただけでも顔から火が噴き出しそうだった。

 当の本人は全く気にする素振りもない。

 もちろん俺が起きていたなんて思っていないのだから、当たり前なんだけど。

 小学校時代の事を思い出すと今でも嫌な気持ちが湧きあがってくるけど、今は悪い人じゃない事も分かっているし、嫌い……ではないと思う。

 それに俺は嫌われていると思っていたから。

 あんな風に触れられたり……撫でられたり…………いつも大げさな愛情表現は、母さんの為に仲良くしようとしているだけなのかと思っていた。

 そうじゃないの……?

 あれじゃまるで……本当に好かれてるみたいじゃないか。


 『僕が可愛い弟を誤解されたくなかっただけだよ。 君は悪くないんだから正当に評価されるべきだ』
 『誠吾……好き!!』
 『僕は自慢したいよ。 僕の弟がこんなに絵が上手いんだって。 今すぐ世界中の人に言いたい』
 

 あの時も、あの時も……全部、本当の気持ちを言ってたってこと?

 弟として可愛がってくれてるってことだよね。

 それ以外の気持ちはない、よね?

 登校する時にチラリと零時の横顔を盗み見る。

 本当に涼しい顔してるな……焦ってる自分がアホくさく思えて悔しくなってくる。

 すると零時が俺の視線に気づき、バッチリ目が合うと、ふにゃりと表情を崩した。


 「なーに? 顔に何か付いてる?」

 「え、いや……」

 「ん?」

 「何も付いてない! 朝からご機嫌だなと思って」


 誤魔化すように取ってつけたような言葉を並べる。

 俺の言葉に一瞬キョトンとした零時だったけど、すぐに歯の浮くような言葉を恥ずかしげもなく言い放ってくる。


 「一緒に登校できて嬉しいからね~~」


 いや、それは母さんの手前、一緒に登校しているだけ……のはず。
 
 そして突如喜びを表現するかのように俺の頭に腕を回した零時は、そのまま俺を引き寄せ、一瞬で零時の匂いに包まれていく。

 この前みたいに……ウチの生徒も歩いているのに、何やってんのこの人?!!


 「ちょっ……! 零時!!」

 「よしよし~~」


 すぐに引き剥がそうとするも、零時の方が力が強くて全然抜け出せない。

 これが兄弟の距離感?!

 絶対おかしいよ、この人の感覚!!

 そうこうしている内にコイツの友人とかにも見られ、


 「仲良い~~」「弟くんもがいてる(笑)」「朝からご馳走様」


 とか好き放題言われてしまう。


 「可愛いでしょ」

 
 友人に見せつけるように言うので、友人たちが近付いてきて顔を覗き込んでくる。

 凄く嫌な予感……案の定予感は的中し、一番言われたくない言葉を言われてしまうのだった。


 「確かに可愛いよな。 一瞬女子かと思うくらい」「確かに! 弟くんなら付き合ってもいいかも」

 「なっ……なに言って……っ」


 ただの可愛がりならまだしも、付き合ってもいいって……!

 小学校時代の嫌な記憶もよみがえるし、そんなに女子に見える顔なのかっていうショックと、気持ち悪さで背筋が粟立ち、上手く言葉が出てこない。


 「お前ら……誠吾の可愛さはそうじゃなくて、反応が可愛いってこと。 それに大事な弟に手を出すヤツは許さないから」
 

 さっきまで頬擦りしていた零時が手を握ってきたので、ふと顔を上げた。

 物凄い低い声……それに凄味を効かせた顔。

 周りの人間がドン引きしてる。

 今まで見たことのない先輩の姿に驚くと共に、自分の為にしてくれているらしいのが、ほんの少しだけ嬉しかったりして。

 でもこの空気はマズいよね。


 「零時、変顔やめい」

 
 咄嗟に鼻をつまむとすぐに表情を崩し、いつものうるさい兄の顔に戻っていく。


 「誠吾! お兄ちゃんの顔怖かったよね?! ごべんね~~!!」

 「やめ——い!!」
 

 いつものやり取りが戻ると、周りの人間からも笑いが戻り、ホッと胸をなでおろす。

 自分のせいで零時が悪者にされるのは、さすがに後味が悪いから。
 
 でもますます仲良し兄弟が定着していきそうだ……ゲッソリしながら教室へ行くと、真が笑いをこらえている姿が目に入ってくる。

 どうせクラスの窓から見えていたんだろうな——。

 
 「はよ。 朝からお疲れ様」
 
 「他人事だと思って……こっちは死にそうなのに…………」


 俺の言葉に真は笑うばかりで全く同情をしている感じはない。

 心なしかクラスのみんなにも笑われている気がする。


 「みんな面白がってるよね」

 「まぁね。 でも前にテスト対策しに行った時もあの人、本当に誠吾のことばっかりだったから」

 「え……何か話したの?」

 「んー。 トイレ行った時にね……お前と仲良くしてくれてありがとうって言われた。 あと……」

 「あと?」

 「……まぁ、そんな感じでお前の世話頼まれた。 イイお兄ちゃんでしょ」

 「………………」


 真の話を聞いて、嬉しい気持ちと複雑な気持ち、両方湧いてきて俺の頭を混乱させてくる。

 そんな事を真に頼んでいたとは知らなかった。

 陰でそうやって見守ってくれていたのも嬉しい……と思う。

 アイツはそういうのを人前では見せない。

 いつもおチャラけていて、何を考えているか分からない軽い人間を演じているように見えるし、後から零時の想いを知ることが多いのだ。
 
 それと同時に「イイお兄ちゃん」という言葉に引っ掛かりを覚えてしまう。

 仲の良い兄弟……周りも家族もそれを望んでいる。

 先輩もそれを望んでいる、んだよね?

 俺は何に引っ掛かっているんだろう……周りや家族、零時も望んでいるんだから、イイ兄弟になろうとすればいいだけなのに。

 この近すぎる距離感——?

 自分の気持ちが分からなくて、でもそれについては考えてはいけない気がして、何となく今は思考を閉ざして誤魔化す。


 「じゃあ真に世話されるわ」

 「俺は面倒だけど」

 「ちょっ……! 最初から世話する気ないじゃん!」

 「ははっ」
 

 そんなやり取りをしたその日は中間テストの日だったので、一限目からずっとテスト尽くしの一日だった。

 真や零時のおかげで苦手な教科も何とかクリアし、まずまずの手ごたえを感じながら満足して帰宅の途に着いたのだった。