最悪なブラザー。~大嫌いだった先輩が、ひとつ屋根の下で兄弟になりました~


 毎日のように放課後に美術部に寄り、絵を描いていると、やはりどこからか嗅ぎ付けたのか突然零時が顔を出した。


 「誠吾、見つけた!」


 実に白々しい……どうせ母さんから聞いていたくせに。

 いつかやって来ると思ってたんだ。

 でもそう思いつつ、このまま来てほしくないとも思ってた。
 
 俺の憩いの時間——。

 そして今日は美術部の部員も何名かいて、皆零時の登場に色めき立っている。


 「はぁ……絶対来ると思ってたよ」
 
 「え、僕を待っていたの?! ごめん、遅くなって」

 「ちがーう! あんたのことだから、どこからか聞きつけてやって来ると思ってたってこと!」

 「そりゃ、可愛い弟がいつも帰りが遅いとなると気になるものでしょ」

 「……ったく」


 何が可愛い弟だよ。

 そう言われる度に胸の奥がズクズクして、少しの苛立ちと恥ずかしさで何とも言えない気持ちになる。

 他の部員にも聞かれて恥ずかしいし……クスクス笑っている女子部員もいた。

 でも先日の母さんへの配慮から、明らかに俺の中で零時に対する印象が変わりつつあった。

 いい加減なように見えてそうじゃない事ももう分かってる。

 深く考えてないように見せているのかもしれない……軽いヤツに見られてしまうのに、なんでそういう態度なのかは分からないけど。

 零時が来てもお構いなしに絵を描いていると、本人が覗き込んできて耳元で話し始める。


 「本当に上手いのな」

 「ちょっ……っ」


 絵を見られたことも恥ずかしいけど、それ以上に耳元で喋らないでほしい……!

 思わず顔を遠ざけると、隙をついてスケブを回収されてしまう。


 「うわ——凄い! こんなに上手いなんて思わなかった!」

 「おい、零時! 見ないでよ!」

 「なんで? もっと皆に見てもらえばいいのに」

 「恥ずいでしょ、そんなの……」

 「僕は自慢したいよ。 僕の弟がこんなに絵が上手いんだって。 今すぐ世界中の人に言いたい」

 「な…………っ」

 
 あまりに恥ずかしいことを平然と言ってくるので、返す言葉が見つからない。

 なんで……自慢したいって……俺と関わりたくなかったんじゃないの?

 俺と兄弟になって恥ずかしいと思わないの?

 もし小学校時代の取り巻きがここにいても、同じ事が言える……?

 喉から出てしまいそうな言葉を必死に飲み込む。

 こんな事を聞いて何になるんだ。

 でも……男が絵を描いていると、たいてい男の友達からツマラナイって言われてしまうことが多いから、単純に零時の言葉は嬉しかった。


 「零時って、変わってるよね」

 「そうかな」

 「そうだよ……でも、サンキュ」


 ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ、お礼が言いたくなっただけだったんだけど……どうやら零時にとってはちょっとではなかったらしく。


 「誠吾~~~~もう一回言って! 兄貴って付け足して!!」

 「何で?! 二度は言わん!」

 「そんな~~~っ」
 

 俺たちのやり取りを部員たちが見て、めちゃくちゃ笑われてしまうし、やはり仲の良い兄弟だと思われてしまうのだった。

 しかもそれだけに終わらず、結局一緒に帰る羽目になり、自宅に着くまでずっと泣き付かれた結果……俺の方が根負けしてしまう。


 「~~~っ、言えばいいんでしょ! …………サンキュ、兄貴」
 
 「好き!!!」


 後ろから思い切り抱きつかれ、盛大に愛を叫ばれる。

 もう砂となって消えてしまいたい。

 こんな外で大声で叫ばれて、恥ずか死ぬ。

 それに俺は……俺は…………嫌いだ。

 そういう事を軽々しく言うあんたが。

 いつの間にか先輩の事を零時と呼ぶのが普通になり、兄として認識し始めている自分に驚きつつ、心の奥底では嫌いになり切れずにいる。

 家でも母さんの手前仲良くしているというのもあるけど、だんだんとコイツの態度を受け入れている自分がいた。

 
 「誠吾~~また人生ゲームやろ!」

 「兄ちゃんも入って!」

 「しょーがねーな。 今度は俺が一番金持ちだ!」


 相変わらず距離感がバグってるところもあるけど、悪いヤツじゃないから……少しは仲良くしてもいいかなって。

 受け入れ始めたらなんだか気持ちが楽になって、避けるような事はなくなっていった。 

 母さんもこちらの様子を窺うこともなくなってきて、順調に家族関係を構築してきていると思っていた。

 そんな時、両親が新婚旅行に行くことが決まり、夕食時にその話で持ち切りになる。


 「ごめんね、夏休み前になっちゃって」

 「気にすることないよ。 父さんと楽しんできて」


 零時がニコニコしながら母さんにそう伝える。

 2人とも申し訳なさそうなので、こっちが申し訳ない気持ちになるな……きっと零時もそんな気持ちなんだろう。


 「零時の言う通り気にしないで楽しんできなよ。 俺たち子供じゃないんだし、2、3日くらい大丈夫だよ」

 「誠吾、ありがとう。 あ、でも圭吾は連れて行こうと思ってるの。 あなた達にお世話を頼むのも悪いし……まだ小学生だから」

 「そっか、分かった」


 確かに圭吾のお世話もしなきゃだったら困っていたかも。

 自分たちだけなら適当なものを食べて適当に過ごして、適当に寝るでいいんだけど、圭吾はまだ母さんに寝かし付けてもらっているし。

 てことはその間は俺と零時、2人ってことに……2人……?


 「え——じゃあ誠吾と2人っきりだね! 楽しみだな~~」


 俺が思っていたことを恥ずかしげもなく……!!

 母さんたちの旅行は二泊三日だ。

 普段登下校とかは一緒だけど、そんなに長い時間2人で過ごしたことは当然ない。

 めちゃくちゃ緊張するんですけど?!

 でも当の本人は気楽なもので、部屋に籠ろうとしている俺に向かってとんでもないことを言い始める。


 「一緒にご飯作ろうよ~~お風呂も一緒に入りたいし、一緒に寝るのもいいよね。 お泊り会みたいで!」

 「あら、楽しそうじゃない~」

 「兄ちゃんたちズルい!」

 「はははっ。 もう少し長めの旅行にすれば良かったかな」

 「良くない!!」


 俺の声は誰にも届いていないようで、皆が零時の提案に乗っかって好き放題言っている。

 まさか俺はこの時、零時が言っていたことをほとんど実践する事になるとは、思ってもいなかったのである。