初めて顔合わせをしてから二カ月半後に、僕と父さんは戸柱家へと引っ越した。
小学校卒業と同時に父さんの異動で引っ越したマンション……向こうは戸建てだし、こちらが引っ越そうという話になった。
僕としては彼の部屋を見て見たかったし、彼が生活する家で僕も生活してみたかったので喜んで引っ越しに同意したのだ。
懐かしい景色……小学校時代に住んでいたのは彼の家の近くではなかったけど、だいたいの景色は覚えている。
彼の家の玄関に入ると、京子さん……じゃなくて母さんが出迎えてくれて、二階から誠吾も下りてきた。
父さんや母さんに向ける表情はにこやかなのに、僕に向ける表情はすっっっっごく不本意そう……!
でも僕の頭の中は今日から毎日一緒にいられることでいっぱいで、その表情すらも可愛く思えてしまう。
揶揄いすぎて部屋から追い出されたけども。
「誠吾~~零時って呼んで~~~」
「怖いですから!」
僕に対して向ける感情すべてが心地いい。
誠吾に冷たくされていると、決まって可愛らしいミニ誠吾(圭吾)がやってきて、僕の味方をしてくれる。
「兄ちゃん! れいじ兄ちゃんがかわいそうだよ!」
「圭吾~~」
ああ、可愛い。
このくらい小さい頃の誠吾と出会っていたら、僕たちの関係はもっと違うものになっていただろうか。
でも今はもっと近くにいられる……家でも一緒。
僕の部屋は客間だった部屋らしくて、隣りが誠吾の部屋だ。
好きな人が壁一枚挟んですぐ隣に生活していると思うだけで毎日幸せだった。
高校も親に頼んで誠吾と同じ高校に転入させてもらう事が決まり、サプライズと称して水面下で準備をしていく。
案の定学校で会いに行くと、椅子からずり落ちて驚く彼が見られて大満足したのだった。
誠吾に寄り添う大きな友人の存在だけは気になるけども。
とにかく誠吾は僕にとって大切な人だってことは、皆に周知させなくてはならないと思い、クラスメイトの前で宣言する。
「皆さん。 可愛い弟のこと、よろしくね」
「「はい!」」
よし、これで僕が大っぴらに誠吾を可愛がっても違和感を持たれないだろう。
もう自分の気持ちを押し殺して避けたりするのはしたくない。
周りに誰がいても可愛がりたいし、可愛いって言いたい。
大切にしたい。
ブラコン上等!
たとえ誠吾には最悪だと思われようとも。
それに彼と仲良くしたいと思ったのは、誠吾たちのお母さんである京子さんのこともあった。
圭吾は僕に懐いてくれているし年齢も離れているので何の問題もなかったけれど、僕と誠吾の事は心配なようで、度々誠吾がいない時に、
『あの子、零時くんに対して失礼な態度してない?』『仲良くなれそう?』
とか色々聞いてきたりするのだ。
親としては年頃の子供たちが仲良くやっていけるかどうかが、気になって仕方ないのだろう。
僕としてもこれを利用しない手はないと思い、家族の前でも誠吾にグイグイ近付こうと考えたのだった。
「はい、誠吾。 お兄ちゃんが食べさせてあげるよ~~あーん」
おかずを口に運んであげると、毎回顔を真っ赤にしながら羞恥に耐えている誠吾に表情筋が緩んでしまう。
可愛いなぁ……きっと僕が嫌いで苦手でこんな事したくないという彼の考えが、手に取るように伝わってくる顔。
素直に真っすぐ育ったのが分かる。
そして家族の手前、ちゃんと一回は食べてくれる誠吾の真面目で律儀なところが凄く好きだ。
一緒に生活していても良いところしかない。
どんどん好きが降り積もっている自覚はある。
でもそんな日常の中で、僕でも一つだけ予想できなかった出来事が起こった。
それは脱衣所での事——彼の着替えを毎回用意してあげていたのだけど、いつものように着替えを置きに脱衣所に入った。
「誠吾の着替え、ここに置いておくよ」
『……分かった』
風呂場から聞こえる声はシャワーの音でかき消されてしまいそうなほど小さく、ぶっきらぼうだ。
でもちゃんと返事するんだよね……本当に律儀。
顔が緩むのをこらえながらバスタオルを探す。
でもいつも誠吾が使っているバスタオルが見当たらない……まだ干してあるんだろうか?
いくら探しても見当たらないので他を当たろうと思っていたところに、風呂場から出てきた誠吾と鉢合わせ手しまう。
ガラララッ——
「あ、誠吾……」
ピシャンッ!!
振り向いた瞬間にお風呂場へリターンしてしまったため、ほとんど見る事が出来なかった……誠吾のお風呂上り姿!!
めちゃくちゃ見たかった……!!!
ふざけて「男同士なんだからいいでしょ~~可愛かったし」って言ってみたけど、きっと誠吾は嫌がるに決まってる。
そう、嫌がると思っていた。
でも————。
「確かにあんたの言う通り、恥ずかしがることないよな……」
そう言いながらお風呂場から出てきた誠吾。
突然のお風呂上り誠吾に見惚れてしまい——思わず視線を逸らした。
ダメだ、直視できない……!!
誠吾はノンケだから気にしないだろうけど、僕はいわゆるゲイなのだろう。
性的指向が同性なのだと自覚しているし、何より好きな人の裸なんて……彼を揶揄ったものの僕の方が覚悟が足りていないという結果になったのだった。
その夜は布団に突っ伏し、色々と考えてしまう。
お風呂上りの誠吾……すごく色っぽかったな——。
思わず手を伸ばしてしまいそうだった。
でも気を付けなければならない。
彼がノンケだという事も同時に実感したからだ。
自分とは違う……僕のしている事はこちら側に引き込もうとしているのではないか?
いや、僕は好きになってもらおうとは思っていないんだ。
ただ好きで————好きでいる事だけは許してほしい。
「誠吾……」
名前を呼んだだけで幸せな気持ちが胸いっぱいに広がっていく。
せめて兄弟としてそばにいさせてほしい。
この時はその一心だったけれど……己の欲深さに打ちのめされることになるとは思ってもいなかったのである。

