ご当地ひとりごはん!



 開店直後はまだまだ書店側も新刊や雑誌など、入って来たばかりの書籍を配置するので忙しい。
 そのため、本来は遠慮したいのだが、他にも数件訪れるのでこの時間になってしまった。
 今日、訪れる書店は長年続く個人経営の書店、田丸書店だ。
 昭和を感じさせる素朴な店構えもあって、どこか懐かしさを感じさせる。
 とはいえ、千尋は既に3回ほど伺っているだが。

「いつもお世話になっております。倉元出版社の坂井です。ご多忙なところ、すみません!」
「あらあら、こちらこそいつもお世話になってます」

 当然、アポイントは入れているのだが毎回、このように「あらあら」と出迎えられる。
 こんなところも懐かしく感じる理由だろう。
 田丸書店で長年勤めているご夫人だが、経営者ではない。
 しかし、書店員として務める笹倉さんは店主の田丸さんより、ずっとこの店の書籍を把握している。
 彼女の敬語とくだけた話し方が混じるのが、千尋にはなんとも安心感がある。
 笑顔を返した千尋は、さっそく新刊の紹介を始めるのだった。


「――売上は最近どうですか? 特に伸びている作品などありますか?」

 昨日の伺った書店での会話を思い出せば、正直聞きづらい質問だ。それでも、仕事として聞かないわけにもいかない。
 自社の書籍を売り込むだけではなく、書店全体でどんな書籍が好調かを聞くのも必要なのだ。
 都市と地方では好まれる書籍の傾向も異なる場合もある。
 千尋の問いかけに、笹倉さんは少し考え込む。
 そんな様子に昨日の言葉が頭に浮かぶ。
 「書店に訪れる人が減っている」それに対して、出版社の営業としてどう対処できるものだろう。

「あ、あれだわ。文庫本が急に伸びてるのよね」
「……文庫本、ですか?」

 夏休み期間であれば、読書感想文や各社のフェアで売り上げは伸びる。
 しかし、今は10月だ。フェア、あるいは長年書籍を出していなかった人気作家が新刊を出すなどあっただろうか。
 記憶を探るが、千尋が思い当たることはない。

「そうよー。そうね、最近は地下鉄でも学生さんや会社員の方が文庫本を読んでたりするのよ」

 仙台は地下鉄が通っている。
 通学や通勤、買い物など仙台市民の足として活躍しているのだ。

「あ、確かに。新幹線で仙台で向かうときにも見かけましたね」

 東京から仙台まで早くて1時間30分、パソコンやスマホの画面を見る人の中に文庫本を読む人がちらほらいた。
 いや、通勤列車の中でも最近は見かけることに千尋は気付く。

「そのせいかしら。ブックカバーも売れたりするようになったの」
「オシャレなのも増えていますもんね。でも、文庫本が急に……。なんででしょうね」

 率直な千尋の言葉に笹倉さんが笑う。

「やだわ。あなたのほうが詳しいでしょうに」
「いえいえ、本を読むほうですがご購入者さんの気持ちまでは……あ、もしかして」
「思い当たることがあるの?」

 笹倉さんの問いかけに千尋はこくりと頷く。
 昨夜、ぼんやり見ていたニュースで現代人の鞄の持ち物という内容があったのだ。
 そこではスマホ、財布、グミなどの菓子やそれぞれの持ち物が紹介されていたのだが、そのインタビューを受けたなかで印象的だったのがある少女だ。
 バッグの中にあったのは文庫本。少女はそれを移動中や学校で読むと言うのだ。
 理由は自分の世界に入れるし、他の人に見られても困らないというなんとも現代的なものであった。

「確かにスマホですと、SNSや写真などを見られれば、個人情報もすぐに知られてしまうので……」

 そんな話を千尋がすると、笠原さんも納得した様子だ。

「まぁ、怖いわね。便利なんだけどそんな問題もあるのね。でも、今は電子書籍もあるでしょう? それでも文庫本を選んでくれるのは書店員としては嬉しいわね。やっぱり、全体としては売り上げが厳しいもの」
 
 娯楽の多様化や国全体の経済的な影響――理由は様々あるだろうが、過去に比べると出版業界は厳しいともいえる。
 メディアミックスなど華やかな話題も目立つが、書籍売り上げ全体で見ると減少傾向にある。
 特に紙の本がその影響を大きく受け、当然全国の書店の経営もなかなかに苦労していると聞く。
 本が好きで携わりたいと就職先も出版社を選んだ千尋としてはなんとも歯がゆい。
 質感や手触り、香りなど紙の本だからこその良さもあるのだ。
 
「でも私達は一番、読者の方に近いところにいるからその良さを伝えなくっちゃね」

 仕事中にもかかわらず、少々気落ちしてしまった千尋だが、笹倉さんの言葉に視線を上げる。
 
「ほら、好きなものの良さってもっと伝えていいと思うのよ」
「……あ、田丸書店さんは手書きのPOPが目を引きますよね。仕事柄、各地の書店さんに伺うんですが、それぞれに書いた人の好みや個性が見えるんです。毎回、刺激を貰っているんですよ」

 千尋の言葉に笹倉さんの表情も明るくなる。

「そう言ってくれると嬉しいわ。こんなことしかできないけど、本の魅力を少しでも知って貰いたくって……。あ、書店員の推し本コーナーもあるのよ」
「書店員さんの推し本、ですか? なんだか本屋大賞みたいですね」
「そんな大それたものじゃないわよ。ただ好きをアピールしたいの。だから“推し”ね」


 書店と出版社を繋ぐ役割、その先に読者がいる。
 推し活をしていたときのように、自分の好きをもっと伝えたい。
 良い書籍を届けたい、その魅力を読者の一番近くで伝えられるのが書店や、千尋のような出版社の営業なのだ。
 熱量は伝わる。もっと、自分の言葉で推していこう。

 気持ちを新たに千尋は田丸書店を後にし、次の書店へと向かうのだった。