ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

 店を選ぶ、というのは、思っていたよりずっと難しい仕事だった。
 蓮さんのように勢いで決められたら楽なのだろうけれど、僕はどうしても、みんなが本当に楽しめる場所かどうかを、何日も考え込んでしまう。
「そんなに悩むこと?」
 休憩中、隣に座った彩乃さんに、つい相談してしまった。
「悩みます。蓮さんは刺激的な店が好きそうですし、芽衣さんは……」
「芽衣は、律さんが選んだ場所なら、たぶんどこでも喜びますよ」
 さらっと言われた一言に、僕は少し詰まった。
「そう、なんですか」
「はい。だから、律さんの好きな場所でいいと思います」
 好きな場所、と言われて頭に浮かんだのは、意外にも賑やかな店ではなかった。ドームから少し離れた場所にある、古い本屋と小さな喫茶店がひとつになったような店だった。
「――そこ、僕がよく行くところなんですけど」
「いいと思います。律さんらしくて」
 彩乃さんはそう言って、静かに笑った。「律さんらしい」という言葉の意味を、僕はまだうまく飲み込めなかったけれど、悪い意味ではなさそうだった。
 当日、その店に着くと、蓮さんは真っ先に「渋いとこ選んだな」と言いながらも、棚に並ぶ古い雑誌を興味深そうに眺め始めた。芽衣さんは喫茶スペースの奥にある窓際の席を見つけて、「ここ、いいね」と嬉しそうに座った。
「律って、こういう店知ってるんだ」
「たまに来るので」
「一人で?」
「一人で」
 芽衣さんは少し意外そうな顔をしたあと、「律っぽいね」と、彩乃さんと同じ言葉を口にした。二人して同じ表現をされると、それが僕の中でひとつの評価として定着していく気がした。
 運ばれてきたコーヒーを飲みながら、芽衣さんは本棚のほうをちらちら見ていた。
「どんな本があるの?」
「古い小説が多いです。あと、たまに、誰かの手書きノートみたいなものも紛れ込んでます」
「それ、律が読んでそうな話」
 図星を突かれた気がして、僕は少し言葉に詰まった。実のところ、そういう誰かの手書きの文章を眺めるのが、僕は結構好きだった。
「今度、詳しく教えてよ」
「今度、話します」
 その「今度」が、社交辞令ではなく本当に訪れる約束のように聞こえて、僕は柄にもなく少しだけ嬉しくなった。
 窓の外を、夕方の光が静かに通り過ぎていった。
 蓮さんの騒がしさも、彩乃さんの穏やかさも、芽衣さんのからかいも、この店の空気にちゃんと馴染んでいた。
 自分の好きな場所に、みんなが自然に馴染んでいる。
 それだけのことが、思っていたよりずっと嬉しかった。