七回の攻撃が始まってすぐ、ドームの照明が一瞬、大きく揺れた。
「――え?」
思わず声が漏れたのと同時に、場内の照明の半分近くが落ちた。観客席がざわめき、あちこちで悲鳴に近い声が上がる。スコアボードの映像も止まり、場内は薄暗い非常灯だけが頼りの状態になった。
「各エリア、お客様の誘導お願いします!」
無線からスタッフの声が飛んでくる。僕は反射的に、近くの通路に向かって走った。
暗がりの中、段差でつまずきそうになっている人たちが何人もいた。僕は持っていたペンライトを取り出し、足元を照らしながら「大丈夫です、慌てず、ゆっくり」と声をかけて回った。
「――律!」
薄暗い通路の向こうから、芽衣さんの声がした。売り子として品物を担いだままの姿で、こちらに駆け寄ってくる。
「照明、いつ戻るか分かる?」
「分からないです。とりあえず、お客さんの安全確保が先だと思います」
「うちも手伝う。どこ行けばいい?」
普段なら冗談のひとつも挟んでくる芽衣さんが、今は真剣な表情で指示を待っていた。僕はその表情に少しだけ驚きながら、近くの階段を指さした。
「あっちの段差、暗くて危ないので、誘導お願いできますか」
「了解」
芽衣さんは頷くと、迷わずそちらへ向かっていった。売り子の道具を抱えたまま、それでも足取りは危なげなかった。
三分ほどの停電だったと思う。体感では、もっと長く感じられた。
照明が戻った瞬間、観客席から小さな拍手が起きた。何かが解決したわけではないのに、明るさが戻るだけで、人はこんなにも安心するものなのかと、僕はどこか他人事のように思った。
落ち着きを取り戻した通路の隅で、芽衣さんと再び顔を合わせた。
「――お疲れさま」
「お疲れさまです。誘導、ありがとうございました」
「うちも売り子だから、ちゃんと動けるんだけど?」
少し不満げに言われて、僕は慌てて言い直した。
「疑ってはいないです。ただ、いつもと違う動き方をしてる芽衣さんを見て、少し驚いただけで」
「――そう?」
芽衣さんは意外そうな顔をしたあと、少し照れくさそうに視線をそらした。
「まあ、こういうときくらい、ちゃんとするよ」
「知ってます」
短いやり取りのあと、僕たちはそれぞれの持ち場に戻った。
停電はほんの数分の出来事だったけれど、暗闇の中で見た芽衣さんの真剣な横顔は、僕の記憶にしばらく焼き付いて離れなかった。
