「――なあ、あそこの新しい店、行ってみない?」
仕事終わり、ロッカールームで着替えていると、蓮さんが唐突にそんなことを言い出した。ドームの近くに最近できたという、辛い料理専門の店らしい。
「僕、辛いのはあまり得意じゃないんですけど」
「大丈夫大丈夫、辛さは選べるらしいから」
根拠のない自信で押し切られ、気がつけば僕は着替えを終えて外に出ていた。蓮さんのこういう思いつきに逆らうのは、体感として無駄だと分かっている。
裏口を出たところで、芽衣さんと彩乃さんの二人にも遭遇した。蓮さんが同じ調子で誘うと、彩乃さんはすぐに頷き、芽衣さんは少し悩んでから「まあ、いいけど」と付き合ってくれることになった。
四人で向かった店は、赤い看板が目立つ、できたばかりの辛いもの専門店だった。
「僕、いちばん辛くないやつでお願いします」
「律、それもう挑戦する気ないでしょ」
「無理はしない主義なので」
芽衣さんに呆れられながらも、僕は自分の意志を貫いた。一方、蓮さんは迷わず「いちばん辛いやつ」を注文していた。
「蓮さん、大丈夫ですか」
「余裕余裕。俺、辛いの得意なんだよね」
彩乃さんは中間の辛さを、芽衣さんも「負けたくない」という謎の理由で、蓮さんに次ぐ辛さを頼んでいた。
料理が届いて、しばらくは和やかだった。
異変が起きたのは、五分も経たないうちだった。
「――あつ、あつい……」
真っ先に音を上げたのは、いちばん辛いものを頼んだはずの蓮さんだった。額に汗を浮かべ、水を何杯もお代わりしている。
「余裕あるんじゃなかったんですか」
「これは、想定より、ちょっと、辛かった……」
芽衣さんも次第に涙目になりながら、それでも「負けてない」と強がっていた。彩乃さんだけが、意外にも平然とした顔で食べ進めていた。
「彩乃さん、辛いの平気なんですか」
「わりと得意なんです、これでも」
見た目からは想像できない事実に、僕たちは一斉に驚いた。いちばん心配していなかった人が、いちばん平然としている。それがなんだかおかしくて、僕は少しだけ笑ってしまった。
結局、いちばんダメージを受けたのは、いちばん強気だった蓮さんだった。
「次、店選ぶ権利、しばらく誰かに譲るわ……」
涙目でそう宣言する蓮さんを見ながら、芽衣さんが「次は律が選ぶ番だね」と楽しそうに言った。
「僕、そういう挑戦的な店は選ばないですよ」
「知ってる。だから、律に選ばせたいの」
理由になっているのかいないのか分からないまま、僕はいつの間にか、次に店を選ぶ役目を引き受けることになっていた。
辛さで痛む舌よりも、そのやり取りのほうが、僕の中に長く残った。
仕事終わり、ロッカールームで着替えていると、蓮さんが唐突にそんなことを言い出した。ドームの近くに最近できたという、辛い料理専門の店らしい。
「僕、辛いのはあまり得意じゃないんですけど」
「大丈夫大丈夫、辛さは選べるらしいから」
根拠のない自信で押し切られ、気がつけば僕は着替えを終えて外に出ていた。蓮さんのこういう思いつきに逆らうのは、体感として無駄だと分かっている。
裏口を出たところで、芽衣さんと彩乃さんの二人にも遭遇した。蓮さんが同じ調子で誘うと、彩乃さんはすぐに頷き、芽衣さんは少し悩んでから「まあ、いいけど」と付き合ってくれることになった。
四人で向かった店は、赤い看板が目立つ、できたばかりの辛いもの専門店だった。
「僕、いちばん辛くないやつでお願いします」
「律、それもう挑戦する気ないでしょ」
「無理はしない主義なので」
芽衣さんに呆れられながらも、僕は自分の意志を貫いた。一方、蓮さんは迷わず「いちばん辛いやつ」を注文していた。
「蓮さん、大丈夫ですか」
「余裕余裕。俺、辛いの得意なんだよね」
彩乃さんは中間の辛さを、芽衣さんも「負けたくない」という謎の理由で、蓮さんに次ぐ辛さを頼んでいた。
料理が届いて、しばらくは和やかだった。
異変が起きたのは、五分も経たないうちだった。
「――あつ、あつい……」
真っ先に音を上げたのは、いちばん辛いものを頼んだはずの蓮さんだった。額に汗を浮かべ、水を何杯もお代わりしている。
「余裕あるんじゃなかったんですか」
「これは、想定より、ちょっと、辛かった……」
芽衣さんも次第に涙目になりながら、それでも「負けてない」と強がっていた。彩乃さんだけが、意外にも平然とした顔で食べ進めていた。
「彩乃さん、辛いの平気なんですか」
「わりと得意なんです、これでも」
見た目からは想像できない事実に、僕たちは一斉に驚いた。いちばん心配していなかった人が、いちばん平然としている。それがなんだかおかしくて、僕は少しだけ笑ってしまった。
結局、いちばんダメージを受けたのは、いちばん強気だった蓮さんだった。
「次、店選ぶ権利、しばらく誰かに譲るわ……」
涙目でそう宣言する蓮さんを見ながら、芽衣さんが「次は律が選ぶ番だね」と楽しそうに言った。
「僕、そういう挑戦的な店は選ばないですよ」
「知ってる。だから、律に選ばせたいの」
理由になっているのかいないのか分からないまま、僕はいつの間にか、次に店を選ぶ役目を引き受けることになっていた。
辛さで痛む舌よりも、そのやり取りのほうが、僕の中に長く残った。
