その日は朝から雨で、試合は中止になった。
客がいない分、僕たちの仕事は倉庫整理に回された。段ボールを運び、棚を拭き、賞味期限をひとつずつ確認していく。地味だけれど、終わりの見えない作業だった。
「――誰か、奥の冷蔵庫の掃除やってくんない?」
蓮さんが声を上げると、その場にいた全員が一瞬だけ目をそらした。奥の冷蔵庫は、油汚れがひどいことで有名だった。
「じゃんけんで決めよう」
芽衣さんが即座に提案した。負けた人がやる、という単純なルールだった。
「僕、じゃんけん弱いんですけど」
「今から強い弱いとか関係ないから。全員平等」
有無を言わさぬ調子で、僕たちは輪になった。彩乃さんだけは「私、じゃんけんは公平にやります」と言いながらも、どこか楽しそうだった。
一回戦、蓮さんが抜けた。二回戦、彩乃さんが抜けた。
残ったのは、僕と芽衣さんだった。
「――負けないから」
芽衣さんが、やけに真剣な顔で拳を構えた。たかがじゃんけんに、そこまで気合を入れる意味が分からなかったけれど、聞くと長くなりそうだったので黙っておいた。
「最初はグー、じゃんけん――」
僕はチョキを出した。芽衣さんはグーだった。
「――やった!」
芽衣さんが小さくガッツポーズを決めるのを見て、僕は素直に感心した。掃除をしなくて済んだからではなく、その喜び方が意外と子どもっぽかったからだ。
「そんなに嬉しいんですか、じゃんけんに勝つの」
「勝つのはなんでも嬉しいの。負けるの、嫌いだから」
「なんでですか」
「なんでって……負けたら、なんか、悔しいから」
理由になっていない気がしたけれど、芽衣さんの表情を見ていると、それ以上聞くのも無粋な気がした。
彩乃さんが横から、僕にだけ聞こえるくらいの声で教えてくれた。
「芽衣、負けず嫌いなんです。昔から」
「そうなんですね」
「でも、本当に困ってる人がいたら、勝ち負け関係なく助けるんですよ、あの子」
その言葉に、なんとなく納得した。負けず嫌いというのは、たぶん芽衣さんの中では、意地の悪さとは違う場所にあるものなのだと思う。
冷蔵庫の掃除を始めた僕の横で、芽衣さんが暇そうに眺めていた。
「手伝ってくれないんですか」
「うちは勝ったから。見てるだけ」
「見てるだけって、ずるくないですか」
「ずるくないよ。じゃんけんのルール」
理不尽だと思いながらも、僕はなぜか、その理不尽さが嫌ではなかった。
雨音だけが響く倉庫の中で、油汚れを拭き続ける僕を、芽衣さんはずっと面白そうに眺めていた。
