ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

 休みの日は、たいてい例の本屋兼喫茶店で過ごすことが多い。
 その日も、僕はいつも通りノートを片手に、窓際の席で時間を潰していた。ふと顔を上げると、通りの向こうに見覚えのある人影があった。
 肩までの黒髪を、いつものお下げではなく緩く下ろしている。制服姿しか見たことがなかったせいで、一瞬誰か分からなかった。
「――律?」
 向こうも僕に気づいたらしく、店の前まで駆け寄ってきた。
「芽衣さん、こんなところで」
「近くに用事があって。律こそ、なんでここに」
「休みの日は、だいたいここにいます」
「ああ、前に言ってたね。本屋兼喫茶店」
 芽衣さんは店内を興味深そうに覗き込んで、そのまま迷いなく中に入ってきた。
「隣、座っていい?」
「はい」
 私服姿の芽衣さんは、いつもの制服のときとは違う雰囲気があった。動きやすそうなシャツに、シンプルなパンツ。派手さはないけれど、どこか柔らかい印象があった。
「なんか、律、見てくる」
「見てますか」
「見てる。うちの私服、そんなに珍しい?」
「珍しいというか、新鮮です」
 素直に答えると、芽衣さんは少し照れくさそうに視線をそらした。
「――そういえば、お礼の食事、まだだったよね」
「無理にとは」
「無理じゃない。ちょうどいいから、今日ここで済ませよう」
 芽衣さんはそう言うと、メニューを開いて、迷わずいちばん豪華なパフェを指さした。
「これ、律の奢りで」
「お礼するのは芽衣さんのほうでは」
「奢られるのが照れくさいから、逆に奢ってもらうことにした」
 理屈になっているような、なっていないような理由だったけれど、僕は結局、その注文を受け入れることにした。
 運ばれてきたパフェを、芽衣さんは嬉しそうに崩していく。窓から差し込む午後の光が、いつもドームで見る姿とは違う、ゆったりとした時間を作り出していた。
「――こういう休みの日、いいね」
「いいですね」
「律とこうして、街でばったり会うの、初めてだ」
「初めてです」
「なんか、変な感じ」
「変な感じですか」
「うん。同じ律なのに、いつもと違う場所にいるだけで、ちょっと新鮮」
 その言葉には、僕もどこか同意する気持ちがあった。同じ相手のはずなのに、見慣れた場所を離れるだけで、こんなにも新しい一面が見えてくる。
 パフェを食べ終えた芽衣さんが、満足そうに息をついた。
「――また、休みの日に会えたらいいね」
「はい。また」
 何気ない一言だったけれど、その「また」には、いつもの帰り道の「また明日」とは、少しだけ違う響きがあった。