ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

 休憩室の掲示板に、見慣れない紙が貼り出されていた。
「今月の売り子売上ランキング……?」
「そう、月イチであるやつ。うち、二位が続いてて、地味に悔しいの」
 芽衣さんが、腕を組みながら掲示板を睨んでいた。一位の名前は、別のエリアを担当している先輩売り子のものだった。
「一位の人、そんなに差があるんですか」
「僅差なんだよね。だからこそ悔しい」
 負けず嫌いな芽衣さんらしい反応だった。以前、じゃんけんひとつであれだけ本気になっていた人のことを思い出すと、今回の悔しがり方にも納得がいった。
「今月こそ、絶対抜く」
「応援してます」
「応援だけ? 何か作戦とかないの?」
 急に話を振られて、僕は少し考えた。
「声のかけ方より先に、動線を工夫するのはどうですか」
「動線?」
「人の流れが多い時間帯と場所は、だいたい決まってます。試合の展開によっても変わるので、そこを先読みできれば」
 僕は最近の見回りで気づいた、観客の動きやすい時間帯をいくつか伝えた。攻撃の切れ目や、選手交代のタイミングなど、案内業務をしていると自然と把握できる情報だった。
「――それ、めちゃくちゃ助かる」
 芽衣さんは目を輝かせて、僕の話をメモしていた。
 試合当日、芽衣さんはいつも以上に機敏に動いていた。攻撃の切れ目を狙って声を張り、人が集まりやすい階段の踊り場で、絶妙なタイミングで呼びかける。
 僕は見回りのついでに、それとなくその様子を見守っていた。
「――冷たいビールいかがですかー!」
 いつもより勢いのある声が、ドームに響いていた。
 試合終了後、掲示板に貼り出された結果を見に行くと、芽衣さんの名前が、僅差で一位に躍り出ていた。
「――やった、やった!」
 芽衣さんが小さくガッツポーズを決めているのを見て、僕も自然と口元が緩んだ。
「律のアドバイスのおかげ」
「僕はただ、動線の話をしただけです」
「それが大きかったんだって」
 素直に喜ぶ芽衣さんを見ながら、僕は少しだけ誇らしい気持ちになった。誰かの勝利に、自分が少しでも関われたということが、思っていたよりずっと嬉しかった。
「――今度、律にお礼させて。何か食べたいものある?」
「別に、そんな」
「遠慮しない。うちが決めたことだから」
 有無を言わさぬ調子に、僕は素直に頷くしかなかった。
 譲れないものがある人の強さを、僕はこの日、また一つ知ることになった。