仕事終わり、ロッカーで着替えていると、蓮さんに声をかけられた。
「律、このあと空いてる? メシ行こうぜ」
特に断る理由もなかったので、僕はそのまま頷いた。誘われることに慣れていないせいか、少しだけ気持ちが浮つくのを感じた。
裏口から出たところで、ちょうど売り子の制服を私服に着替えた芽衣さんと鉢合わせした。
「あ、お疲れ」
「お疲れさまです」
「二人でどっか行くの?」
「メシ。芽衣ちゃんも来る?」
蓮さんが軽い調子で誘うと、芽衣さんは少し考えるそぶりを見せてから、「彩乃も誘っていい?」と聞き返した。
「彩乃って?」
「うちの、売り子の先輩。今日一緒だったの」
しばらくして、芽衣さんが手を振って呼んだ方向から、小柄な女の人がゆっくり歩いてきた。腰まである黒髪を緩くひとつにまとめていて、垂れ気味の目が優しい印象だった。
「立花彩乃です。芽衣がお世話になってます」
「お世話になってるのはこっちです。樋口律です」
丁寧な挨拶をされると、僕はつい丁寧に返してしまう癖がある。彩乃さんは小さく笑って、「律さん、真面目な話し方するんですね」と言った。
「そう見えますか」
「見えます。芽衣から聞いてたのと、ちょっと違いました」
「なんて聞いてたんですか」
「変わってる人、って」
芽衣さんが横で「言ってないし」と口を挟んだけれど、彩乃さんは否定も肯定もせず、ただ穏やかに笑っているだけだった。
結局四人で、ドーム近くの定食屋に入ることになった。
蓮さんは終始よく喋り、話が途切れそうになるとすぐに新しい話題を放り込んでくる。彩乃さんはそれを遮ることなく聞き、時々短く相槌を打つ。芽衣さんは僕の食べ方をいちいち観察しては、「それ、律っぽい食べ方」と謎の感想を挟んでくる。
四人でテーブルを囲むのは、これが初めてだった。
けれど、初めてにしては、居心地の悪さがどこにもなかった。
「――また今度、四人で来ようぜ」
蓮さんがそう言うと、彩乃さんが頷き、芽衣さんも「まあ、いいけど」と言いながら笑った。
僕はまだ、この関係に名前をつけられずにいた。
同僚、というには少し近い。友達、というにはまだ早い気がする。
けれど、名前がなくても、これはこれで悪くない時間だった。
帰り道、芽衣さんとだけ、途中まで方向が同じだった。
「今日、楽しかった?」
「はい。思っていたより」
「思っていたより、って何よ」
「一人で帰る日のほうが、多かったので」
芽衣さんは少し黙ってから、「じゃあ、また誘うわ」とだけ言った。
その言葉が、僕にはやけに温かく聞こえた。
