ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

 二日目の朝は、寝癖よりも先に、緊張のほうが酷かった。
 昨日は右も左も分からないまま一日が終わったけれど、今日からは「一人で回してみて」と言われている。飲み物の在庫を数え、足りない分を発注し、決められた棚に並べる。文字にすると単純な仕事だった。
 けれど、数字というのは、僕がいちばん苦手とするものではなかったはずなのに、なぜか今日に限って合わなかった。
「――あれ」
 在庫表とにらめっこしていた僕の隣に、誰かがひょいと顔を出した。
「なんか困ってる?」
 短めの髪をやや無造作にした、背の高い男の人だった。人懐っこそうな目で、僕の手元の紙を覗き込んでくる。
「数が、合わなくて」
「見せて見せて。……あー、これ、搬入口の分の数え忘れじゃない?」
 指摘されて確認すると、その通りだった。倉庫の奥にある搬入口用の棚を、僕はすっかり数え忘れていた。
「助かりました」
「いいっていいって。おれ、佐々木蓮。同じスタッフ、よろしくな」
「樋口律です。よろしくお願いします」
「律な。よろしく」
 蓮さんは名前を呼び捨てにするのに、僕はまだ距離感がつかめなくて、「蓮さん」と呼ぶことにした。彼はそれで特に気にする様子もなく、笑っていた。
 在庫を数え直していると、通路の向こうから見覚えのある売り子の制服が近づいてきた。芽衣さんだった。
「あれ、律。今日も苦戦してるの?」
「数え忘れがあって」
「そういうとこ、律っぽい」
 意味が分からなかったけれど、聞き返すと長くなりそうだったので、僕は黙って棚に商品を並べ続けた。
「お、芽衣ちゃんも来た。律、もう名前呼びなんだ」
 蓮さんがにやにやしながら言うと、芽衣さんは「勝手に呼んでるだけだよ」と返した。僕は、芽衣さんが僕のことを「律」と呼んでいることに、今さら気がついた。
 呼び方ひとつのことなのに、なんだかくすぐったいような気持ちになって、僕は棚の商品をひとつ、数え間違えた。
「――また数え忘れ?」
「いえ、これは、その、別の理由です」
「なにそれ」
 芽衣さんが笑い、蓮さんも一緒になって笑った。理由を説明する気にはなれなくて、僕はもう一度、最初から数え直すことにした。
 在庫は結局、正しい数字に落ち着いた。
 けれど、僕の中の何かは、まだ落ち着かないままだった。