ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

「今日から入る、新人さんです」
 先輩にそう紹介されたのは、大学生だという女の子だった。緊張した面持ちで、深々とお辞儀をしている。
「樋口です。分からないことがあれば、なんでも聞いてください」
「よ、よろしくお願いします……!」
 声が裏返るくらい緊張しているその様子に、僕は少しだけ懐かしい気持ちになった。数ヶ月前の自分を見ているようだった。
「まず、在庫の数え方からいきましょうか」
「は、はい」
 表を見せながら説明していると、彼女は真剣な顔でメモを取っていた。あの頃の僕も、こんな顔をしていたのだろうか。
「――あ、それ、たぶん数え忘れると思う」
 通りかかった芽衣さんが、横から口を挟んできた。
「まだ何も間違えてないですよ」
「律が最初にやったとき、絶対そこで数え忘れてた。搬入口の分」
「その節はお世話になりました」
 新人さんは、僕たちのやり取りを不思議そうに眺めていた。
「お二人は、もう長いんですか?」
「僕は、まだ半年経ってないくらいです」
「え、そうなんですか。もっとベテランかと」
「よく言われます」
 芽衣さんが横で小さく笑っていた。
 その日の午後、新人さんは案の定、搬入口の分を数え忘れていた。僕が最初にやったのと、まったく同じミスだった。
「――ほら、言った通り」
「本当にありがとうございます、助かりました」
 慌てる新人さんを見ながら、僕は数ヶ月前、同じように蓮さんに助けてもらった日のことを思い出していた。
 仕事終わり、新人さんが帰ったあとの休憩室で、芽衣さんがぽつりと言った。
「律も、ちょっとは先輩っぽくなったね」
「そうですか?」
「うん。最初の頃は、なんか危なっかしかったし」
「今は危なっかしくないですか」
「今も多少はあるけど、前よりはマシ」
 微妙な言い回しだったけれど、褒められていることは分かったので、素直に受け取ることにした。
「――律が誰かに教えてる姿、初めて見た」
「変でしたか」
「ううん。ちゃんとしてて、ちょっと意外だった」
 その言葉に、僕は少しくすぐったい気持ちになった。教えられる側から、教える側へ。気づかないうちに、自分の立ち位置は、少しずつ変わっていたらしい。
 それでも、芽衣さんに数え忘れを指摘される立場だけは、変わらないままだった。