ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

三月二十八日は、僕の誕生日だった。
特別なことをする習慣もないので、いつも通り出勤して、いつも通り仕事をこなすつもりでいた。けれど、休憩室のドアを開けた瞬間、その予定は崩れた。
「――誕生日おめでとー!」
蓮さんの声とともに、小さなクラッカーの音が鳴った。テーブルの上には、ホールケーキと、不揃いに切られた紙皿が並んでいる。
「な、なんですか、これ」
「律の誕生日でしょ。彩乃ちゃんが調べてくれた」
「シフト表の生年月日、こっそり見ちゃいました」
彩乃さんが少し照れくさそうに言った。個人情報の扱いとしてはどうなのだろうと思いつつ、そんな指摘をする空気ではなかった。
「僕、誰かに祝ってもらうの、久しぶりです」
「なにその切ない発言」
芽衣さんが呆れたように言いながらも、テーブルの隅からラッピングされた小さな箱を差し出してきた。
「――これ、うちから」
「開けていいですか」
「早く開けて。恥ずかしいから」
中に入っていたのは、革のカバーがついた、少し厚めのノートだった。
「これ……」
「律、いつもノートに書いてるって言ってたから。ちゃんとしたやつ、使ってないのかなと思って」
普段使っているノートは、コンビニで買った安いものだった。それを見抜かれていたことに、まず驚いた。
「ありがとうございます。大事に使います」
「大げさ。ただのノートだから」
そう言いながらも、芽衣さんの表情は、いつものからかい顔ではなく、どこか落ち着かなそうな柔らかい表情だった。
蓮さんが切り分けてくれたケーキは、切り口がかなり不格好だったけれど、味は素直に美味しかった。彩乃さんが淹れてくれたコーヒーの香りが、休憩室にゆっくりと広がっていく。
「――律、来年もここにいるといいね」
蓮さんが、何気ない調子でそう言った。深い意味はなかったのだと思う。それでも、その言葉は僕の中に、思っていたより長く残った。
「そうですね。いられたら、いいなと思います」
「いられたら、じゃなくて、いてよ」
芽衣さんが、少し強い口調でそう言い直した。
「――はい。います」
自分でも驚くくらい、すんなりとその言葉が出た。
ノートの最初のページに、僕はその日のうちに、こう書いた。

〈三月二十八日。三人に、誕生日を祝ってもらった。悪くない一日だった〉

短い一文だったけれど、しばらくの間、僕はその文字を何度も読み返していた。