ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。


  あの質問から、数日が経った。
「ただの同僚」というやり取りは、表面上はもうなかったことのように、日常に馴染んでいた。芽衣さんは相変わらず僕の食べ方や歩き方にケチをつけてくるし、蓮さんは変わらず騒がしく、彩乃さんは変わらず静かに全部を見ている。
  けれど、僕の中では、何かが少しだけ変わったままだった。
  仕事終わり、片付けを終えて裏口を出ると、いつものように芽衣さんが立っていた。
「――お疲れ」
「お疲れさまです」
  短いやり取りのあと、どちらからともなく、駅までの道を並んで歩き始めた。この帰り道も、もう何度目か分からないくらい、当たり前になっていた。
「――ねえ、律」
「はい」
「うちらの関係って、なんなんだろうね」
  唐突な質問だったけれど、驚きはしなかった。たぶん、僕もずっと同じことを考えていたからだ。
「同僚、ではあると思います」
「うん、それはそう」
「友達、でもあると思います」
「それも、まあ」
「でも、それだけかと言われると、なんて言えばいいのか、分からないです」
  芽衣さんは、少しの間黙って、それから小さく笑った。
「――律にしては、ちゃんと答えたね」
「一応、考えてはいるので」
「知ってる。律、考えすぎなとこあるもんね」
  夜道を歩きながら、僕はふと、初めて出会った日のことを思い出していた。寝癖を指摘されて、名前もろくに覚えてもらえていなかったあの日から、まだそう長くは経っていない。それなのに、今はこうして、名前も呼び方も、当たり前のように定着している。
「――第一印象、覚えてます?」
「もちろん。寝癖の人でしょ」
「いい加減、その印象は更新してほしいです」
「うちの中じゃ、もう半分くらいは更新されてるよ」
「半分ですか」
「残り半分は、まあ、企業秘密」
  そう言って、芽衣さんはいつものように笑った。その笑い方が、初日に見たものと同じはずなのに、今はまるで違う意味を持って見えた。
  分かれ道に差し掛かり、僕たちはいつものように、それぞれの方向へ向かおうとした。
「――律」
「はい」
「今日も、色々あったけど」
「はい」
「また明日ね」
「はい。また明日」
  たったそれだけの言葉が、今日はやけに大きな意味を持って聞こえた。
  僕たちの関係には、まだ名前がない。
  同僚でもあり、友達でもあり、それだけでは言い表せない何かでもある。
  けれど、名前がなくても、この「また明日」だけは、確かに僕たちの間に積み重なっていた。
  ドームで始まったこの毎日が、これからどんな名前を持つことになるのか、僕にはまだ分からない。
  それでも、この積み重ねが、きっと無駄にはならないだろうと、根拠もなく、そう思えた。