ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。


  休憩室に集まっていたのは、僕と芽衣さん、蓮さん、彩乃さん、それから先日入った新人さんの五人だった。
  たわいもない世間話をしていたとき、新人さんがふと、思い出したように口を開いた。
「あの、前から気になってたんですけど……樋口さんと芽衣さん先輩って、付き合ってるんですか?」
  その場の空気が、一瞬止まった。
「――は、はい?」
  真っ先に声を上げたのは芽衣さんだった。僕も、頭の中で言葉を組み立てるのに数秒かかった。
「なんで、そう思ったんですか」
「だって、なんか、二人の空気感が他の人と違うっていうか……見てて、自然に息が合ってる感じがして」
  新人さんは悪気なく、むしろ確信めいた顔でそう言った。
「付き合ってないです。ただの同僚です」
  僕がそう答えると、芽衣さんも慌てたように頷いた。
「そう、ただの同僚。仲がいいだけ」
「――仲がいいだけ、なんですか」
  新人さんが不思議そうに首をかしげる。悪意のない言葉ほど、時々深く刺さるのだと、僕はそのとき初めて知った。
「ほらー、律もそう言ってるし」
  助け舟のつもりなのか、蓮さんがそう茶化してきたけれど、僕にはその笑い方が、少しだけ意味深に見えた。彩乃さんは何も言わず、静かにコーヒーを飲んでいるだけだった。それが逆に、いろいろなことを察しているように見えて、落ち着かなかった。
「――同僚、だよね」
  芽衣さんが、念を押すように、もう一度言った。
「はい。同僚です」
「うん。そうだよね」
  言葉の上では、綺麗に着地したはずだった。けれど、お互いの声が、いつもより少しだけ硬かった。
  休憩が終わり、それぞれの持ち場に散っていく中、僕は一人、通路の隅で立ち止まった。
「ただの同僚」
  自分で口にした言葉のはずなのに、なぜか胸のあたりに、小さな違和感が残っていた。
  嘘をついたつもりはない。今の関係を正直に言葉にしただけだ。
  それなのに、どうしてこんなに、その言葉がしっくりこないのだろう。
  売り場のほうへ歩いていく芽衣さんの後ろ姿を、僕はしばらくの間、ただ黙って見送っていた。
  いつもならすぐに追いつくはずの距離が、今日はなぜか、少しだけ遠く感じられた。