その日の芽衣さんは、いつもより微妙にぎこちなかった。
いつもなら僕の食べ方や歩き方に、遠慮なく茶々を入れてくる。それが今日はやけに少なくて、目が合うと、少しだけ視線をそらされる。
「――律、なんか芽衣ちゃんと変な空気ない?」
休憩室で二人きりになったタイミングで、蓮さんが唐突に聞いてきた。勘のいい人だとは思っていたけれど、こういうところで発揮されるとは思わなかった。
「変な空気って、なんですか」
「いつもより、二人ともよそよそしい気がする」
「気のせいだと思います」
「絶対なんかあったろ」
蓮さんは食い下がる調子で、僕の顔を覗き込んできた。誤魔化し切れる相手ではなさそうだった。
「――昨日、常連のおじいさんに、仲がいいねって言われて」
「それだけ?」
「それだけです」
「それだけで、あの二人があんなよそよそしくなる?」
自分でもよく分からなかった。ただの世間話だと言い聞かせていたはずなのに、芽衣さんと目が合うたびに、妙な緊張が走ってしまう。
「――律さ、それ、絶対それだけじゃないよ」
蓮さんは、珍しく真面目な顔でそう言った。
「言われて、初めて意識した、みたいなやつだろ」
図星をつかれた気がして、僕は返す言葉が見つからなかった。沈黙が答えになっているようなものだった。
「まあ、無理に言わせようとは思わないけどさ」
蓮さんはそう言うと、いつもの軽い調子に戻って、僕の肩をぽんと叩いた。
「でも、もし何かあったなら、変にこじらせるなよ。律、こういうの一人で抱え込みそうだから」
「抱え込んでるつもりはないです」
「その言い方が、もう抱え込んでる人の言い方な」
反論できなかった。
その日の帰り際、更衣室で偶然芽衣さんと二人きりになった。
「――昨日のこと、気にしてる?」
先に口を開いたのは、芽衣さんのほうだった。
「少しだけ」
「うちも、少しだけ」
お互い、それ以上詳しくは言わなかった。けれど「少しだけ」という同じ言葉を使ったことに、なぜか安心する自分がいた。
「――明日は、いつも通りでいい?」
「はい。いつも通りで」
そう約束したはずなのに、翌日も、僕たちはどこかぎこちないままだった。
いつも通りに戻るには、もう少しだけ、時間が必要なのかもしれなかった。
