その日は閉店作業が長引いて、ドームを出る頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
裏口の照明を落として振り返ると、ちょうど同じタイミングで、私服に着替えた芽衣さんが出てくるところだった。
「あ、律もこんな時間?」
「今日、片付けが多くて」
「うちも。売上の集計、いつもより時間かかった」
どちらからともなく、駅までの道を並んで歩き始めた。蓮さんも彩乃さんも、今日は先に上がっていて、二人きりで帰り道を歩くのは、これが初めてだった。
「律って、家帰ったら何してるの?」
「特に何も。本を読んだり、思いついたことをノートに書いたりくらいです」
「ノートって、日記的な?」
「日記でもないんですけど。……うまく説明できないです」
言葉にしようとすると、急に恥ずかしくなって、僕は歯切れの悪い答え方をしてしまった。芽衣さんはそれ以上深く聞かず、「ふうん」とだけ返した。
「芽衣さんは、休みの日、何してるんですか」
「うちは、だらだらするか、彩乃と出かけるか。それくらいかな」
「一人の時間は、あまり好きじゃないんでしたっけ」
以前の会話を覚えていたことに、芽衣さんは少し驚いた顔をした。
「――覚えてたんだ」
「覚えてます。忘れっぽいほうじゃないので」
「便利なんだか不便なんだか分かんないね、それ」
夜道を歩きながらの会話は、仕事中よりもずっとゆっくりと進んだ。街灯の光が等間隔に並ぶ道を、僕たちは特に急ぐこともなく歩いた。
「――律って、将来何になりたいとか、あるの?」
急に聞かれて、僕は少し考え込んだ。
「まだ、はっきりとは決めてないです。ただ、いつか、自分の書いたものを誰かに読んでもらえたらいいな、とは思ってます」
自分で言っておきながら、こんな話を人にしたのは久しぶりだった。
「なにそれ、初めて聞いた」
「初めて言いました」
「――うちにだけ?」
その聞き方に、少しだけ含みがある気がして、僕は返事に詰まった。
「たぶん、そうだと思います」
「ふうん」
芽衣さんは前を向いたまま、それだけ言った。表情はよく見えなかったけれど、声のトーンが、いつもより少しだけ柔らかい気がした。
駅の分かれ道まで来ると、芽衣さんが先に足を止めた。
「うちは、こっち」
「僕は、あっちです」
「じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
その言葉を交わして別れるのは初めてではなかったけれど、今日の「また明日」は、いつもより少しだけ、心に長く残った。
裏口の照明を落として振り返ると、ちょうど同じタイミングで、私服に着替えた芽衣さんが出てくるところだった。
「あ、律もこんな時間?」
「今日、片付けが多くて」
「うちも。売上の集計、いつもより時間かかった」
どちらからともなく、駅までの道を並んで歩き始めた。蓮さんも彩乃さんも、今日は先に上がっていて、二人きりで帰り道を歩くのは、これが初めてだった。
「律って、家帰ったら何してるの?」
「特に何も。本を読んだり、思いついたことをノートに書いたりくらいです」
「ノートって、日記的な?」
「日記でもないんですけど。……うまく説明できないです」
言葉にしようとすると、急に恥ずかしくなって、僕は歯切れの悪い答え方をしてしまった。芽衣さんはそれ以上深く聞かず、「ふうん」とだけ返した。
「芽衣さんは、休みの日、何してるんですか」
「うちは、だらだらするか、彩乃と出かけるか。それくらいかな」
「一人の時間は、あまり好きじゃないんでしたっけ」
以前の会話を覚えていたことに、芽衣さんは少し驚いた顔をした。
「――覚えてたんだ」
「覚えてます。忘れっぽいほうじゃないので」
「便利なんだか不便なんだか分かんないね、それ」
夜道を歩きながらの会話は、仕事中よりもずっとゆっくりと進んだ。街灯の光が等間隔に並ぶ道を、僕たちは特に急ぐこともなく歩いた。
「――律って、将来何になりたいとか、あるの?」
急に聞かれて、僕は少し考え込んだ。
「まだ、はっきりとは決めてないです。ただ、いつか、自分の書いたものを誰かに読んでもらえたらいいな、とは思ってます」
自分で言っておきながら、こんな話を人にしたのは久しぶりだった。
「なにそれ、初めて聞いた」
「初めて言いました」
「――うちにだけ?」
その聞き方に、少しだけ含みがある気がして、僕は返事に詰まった。
「たぶん、そうだと思います」
「ふうん」
芽衣さんは前を向いたまま、それだけ言った。表情はよく見えなかったけれど、声のトーンが、いつもより少しだけ柔らかい気がした。
駅の分かれ道まで来ると、芽衣さんが先に足を止めた。
「うちは、こっち」
「僕は、あっちです」
「じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
その言葉を交わして別れるのは初めてではなかったけれど、今日の「また明日」は、いつもより少しだけ、心に長く残った。
