ドームの中では、僕らの恋も売り切れません。

 その日、僕は珍しくミスをした。
 発注の数量を一桁間違えて入力してしまい、翌日届くはずの商品が、予定の十倍近く届くことになってしまったのだ。先輩に報告したときの空気は、正直、あまり良いものではなかった。
「まあ、次から気をつければいいから」
 そう言ってもらえたものの、頭の中では何度も同じ場面がリプレイされて、なかなか離れてくれなかった。
 数字を扱うのが苦手なわけではない。むしろ得意なほうだと思っていた分、余計に自分の失敗が受け入れがたかった。
 仕事中は、なるべくいつも通りに振る舞っていたつもりだった。
 けれど、休憩時間、自販機の前に座っていた僕の隣に、芽衣さんが黙って腰を下ろした。
「――律、今日、静かすぎ」
「いつも静かですよ、僕は」
「いつもの静かさと違う。今日のは、なんか、内側にこもってる感じ」
 言い当てられて、僕は何も言えなくなった。誰にも気づかれないように振る舞っていたつもりだったのに、いともあっさり見抜かれてしまった。
「発注のミス、聞いたよ」
「もう広まってるんですか」
「広まったっていうか、蓮さんが心配して聞き回ってた」
 蓮さんらしい行動だと思いながらも、僕は小さくため息をついた。
「そんなに気にすることなくない? 誰だってミスくらいするし」
「分かってはいるんです。分かってはいるんですけど」
「頭で分かってても、気持ちが追いつかない、みたいな?」
 図星だった。僕は黙って頷くことしかできなかった。
 芽衣さんは立ち上がると、自販機のほうへ歩いていき、しばらくしてから、温かい缶をふたつ持って戻ってきた。片方を、僕の膝の上にそっと置く。
「――前に、律がうちにやってくれたやつ」
「覚えてたんですか」
「忘れるわけないでしょ。あのとき、地味に嬉しかったし」
 同じ仕草を、今度は自分がされる番になるとは思っていなかった。僕は温かい缶を両手で包みながら、じんわりと熱が伝わってくるのを感じていた。
「理由、それだけですか」
 以前、僕が言った台詞を、そのまま芽衣さんに投げ返してみた。
「それだけだよ。文句ある?」
「ないです」
 芽衣さんは満足そうに笑うと、隣にもう少しだけ長く座っていてくれた。
 言葉はそれ以上多くなかったけれど、隣にいてくれるというだけで、頭の中で繰り返されていた失敗の場面が、少しずつ静かになっていくのが分かった。
 温かい缶がひとつあるだけで、こんなにも救われることがあるのだと、その日、僕は初めて知った。