AIに恋する僕と僕に恋するあいつ

 時刻は朝の七時五十分。
 いつもの教室。見知った先客が一人だけ。耳によく馴染んだ声が、二人きりの教室に響く。

「あ。おはよう、文弥」
「おはよ、柊人」
「今日はいつもよりちょっと遅かったな。体調悪くないか?」
「うん、ちょっと寝坊しちゃっただけ」
「そっか。ならいいけど」

 ただの普通の会話。誰にも邪魔されず、文弥と二人きりで喋れる時間。これは僕だけの特権だ。しかし、今日はどうしても昨日のことが頭をよぎって、あまり話の内容が頭に入ってこなかった。

「おはよー」
「おはよう」

 教室にも疎らに人が集まり始めた頃、要斗と類が二人して登校してきた。類が右手に何か持っていたのが気になって覗いてみると、どうやらそれは大きな弁当箱らしかった。僕ももうちょっと食事の量を増やせばデカくなれるんだろうか。

「そういえば、今朝隣町の高校のアタマの奴が二人のこと探してたぞ。『てめぇらのアタマと柊人っていう奴出せ』って」
「そーそー。相藍の生徒にも聞いてたなー」

 類は一拍置くと、ばつが悪そうに言った。

「要斗は普通にあしらってたけどさ、俺馬鹿正直に『帰り待ってたらいるっすよ』って答えちまった。……すまん。てへぺろ」
「何がてへぺろだこの野郎」
「何してくれてんだよ……」

 飴を舐めて青くなった舌を出していた。反省の色が見えない。僕はぼんやりした気分で三人の話を聞きながら、アイリスとのトーク画面に視線を落としていた。

 アイリスなら、こういう時どうするんだろう。AIなら、瞬時に計算して、最良の打開策を教えてくれるのかな。

「俺はともかく、柊人が危ねぇな」
「確かにな。俺も類もおそらく張られる。」
「ま、柊人は顔知られてねぇから一人で帰してもいいけど~……ちょっとリスクでけーよな」

 僕が一人で帰っても、例の「柊人」だとバレる確率は低いけれど……万一捕まりでもしたら、こてんぱんにやられる未来が見える。

 にしても、この三人はいつもそうだ。喧嘩を売られるとまず話題に挙がるのは、僕をどうやって安全に帰すか。そして最初に僕の身を案じるのは、決まって文弥だった。どうにか一人で帰る方法を考えたり、もしくは三人のうち誰かが帰り道で連れ添ってくれたり。

 ――というか、今回の場合、ひとつ気がかりなことがあった。

「なんで僕なんだろう。いつもは三人の名前が挙がるけど、僕の名前が挙がるのは初めてだよね……」

 僕の呟きを聞いて、三人は顎に手を当てて考え始めた。

「Grade"4"っていうだけあって、三人しかいないのを不思議に思ったんだろうな。」
「ふーん。……そっか、その線かぁ」
「もしくは、単に喧嘩を売っているのではなく、情報を狙っている可能性もある」
「あぁ、負け犬の遠吠えってやつか」
「それは意味が違うな。類、一回黙ってろ」

 要斗は真剣な面持ちのまま、類をたしなめた。おやつを目の前で取り上げられた犬みたいな顔をしている。

「類のはちょっと違うけど、情報が狙い目ってのはありえるな。要斗は絶対情報を吐かねぇし、類は強すぎて捕まえらんねーだろうし」
 文弥は、指折り数えながら言った。
「一応アタマの俺、一切表に出ない柊人――ここ二人を狙うのが、一番妥当ってわけか」

 文弥の発言には合点がいった。脅威を潰すならまずは内部から、というのは定跡だ。

「不安か?」

 俯きがちだった僕に、文弥は優しい声色で問いかけてきた。

「まぁ、狙われるなんて初めてのことだし、ちょっとね……」
「安心しろ。俺がぜってー守ってやるからな」

 僕の瞳を真っすぐ見つめる文弥の毅然とした姿に、不安は残らなかった。

「あはっ、ありがと」