ヘソ天を夢見てる。

5時に店を出て来た浅葱さんは、俺を見つけると駆け寄って来た。

「もしかして待ってた?」

「まぁ、そんなとこ」

「最近、お店を4時過ぎには閉めてたから、早江さんは大丈夫って言ってたけど、どこか体の調子が悪いのかと心配してたの。でもそうじゃなくて良かった。長期旅行の準備をしてたんだって」

少し前までは同じ時間でもまだ明るかったのに、既に薄暗くなっている。
浅葱さんは急いで店を出てきたようでマフラーを手に持ったままでいた。

「仕事のことなら気にしなくていいよ。また派遣で探してみるから」

「そう言う気がしてたから待ってた。事務仕事をやってくれたら、俺は自分の仕事に集中出来るから助かる。ふたりでご飯を作って食べるのも気に入ってるし」


あの日、浅葱さんを追いかけてから、時々一緒にご飯を作って食べる。
ふたりの関係には名前がない。


「一応言っておくけど、普通に人を雇えるくらいの収入はあるから」

「そうなの?」

「失礼なやつ」

「ごめんっ」

話しながら、ふとショーウィンドウに置かれていたテディベアを見て、思い出し笑いをした俺を、浅葱さんが睨みつけた。

「今の……わたしのことを笑った気がする」

「自意識過剰」

「あっ……そうだね。そうだよね……恥ずかしい……」

「うん。恥ずかしい」

「はぁ……」と白い息を吐きながら眉間に皺を寄せて情けなさそうな声を出すから、堪えきれなくなって声を出して笑った。


料理は一通り作れるのに、浅葱さんはお菓子系に関しては全く不器用というか、ひどい。
ある時クッキーを作ったら、天板の上で全てが繋がって大きな一枚のクッキーになった。クマの形のクッキーのはずが、巨大な平べったいクッキーに、クマの顔のパーツだけが無数にある不思議なものが出来上がった。


「ごめん、嘘。浅葱さんの作ったクッキーのようなものを思い出して笑った」

「ひどいっ」

軽く体当たりをされたけれど、本気で怒ってるわけではなさそうだった。

「ごめんって」

謝るついでに浅葱さんが手に持ったままでいたマフラーを取って、巻いてあげると「ありがとう」と今度は笑顔がこぼれた。

「今日も一緒に散歩へ行く?」

「もちろん。アパートの下で待ってる」


もう何度も一緒にワチと散歩へ行っている。
その甲斐あってか、ワチは最初の頃のように俺を見て固まることも逃げ出すこともなくなった。

今は一定の距離を空けて歩けと言わんばかりに、ワチは必ず俺と浅葱さんの間を歩く。そして時々、その大きな黒い目でじっと見つめてくる。
その様子は、まるで俺を浅葱さんに近づけていいのか、観察しているかのよう。