ヘソ天を夢見てる。

仕事がひと段落ついて、cielへランチを食べに行ったはずが、「暇ならちょっと手伝いなさいよ」と早江さんに言われ、なぜか接客をする羽目になった。
それでランチタイムが終わった後、浅葱さんの作ったランチを3人で食べた。


「そう言えば一成くんは、わちに噛まれたことがあったよね」

そう言って早江さんは「あはは」と笑った。

「嫌われてんだね。私は噛まれたことないよ」

「でも、浅葱さんは噛むって――」

「うん。私もそう言われたけど、手を出しても噛まれなかったよ。ねぇ、想世ちゃん?」

浅葱さんはコーヒーのカップをテーブルに置くと、申し訳なさそうな顔をした。

「噛むひとと、噛まないひとがいるみたいで……違いがわからないから、みんなに『噛む』って言ってるんだけど、早江さんは気にせずぐいぐいさわって……」

「私にはいい子して撫でられてたけどねぇ。一成くんは噛まれたんだよねぇ」

「あの時はワチを驚かせるようなことをしてしまったからで……」

「噛まれた!傷が残らなくて良かったねぇ」

早江さんは悪びれたふうもなく、「噛まれた」を強調する。

「早江さん、栗の甘露煮美味しかったですよねっ」

浅葱さんの話の逸らし方が唐突すぎて思わず笑ってしまった。そんな俺を見て早江さんは全てを見透かしたような顔をした。

「ふたりが仲良いみたいで安心した。実は一成くんに頼みがあってね。まだ事務やってくれる人が見つかってないんだろ? 想世ちゃんのことお願いできないかね」

「どうしていきなりそんなこと言うんですか?」

浅葱さんは驚いていたけれど、俺は何となく納得した。
客として長く店に通っているけれど、手伝うように言われたのは初めてのことだったから、何かあるんじゃないかと思っていた。

「少し前から考えてたのよ。元気なうちにイギリスへ行って、あのひとの生まれた場所を見ておきたいって。でも急に店を閉めたら想世ちゃんが困るだろ? どうしたものかと思ってたのよ」

早江さんは亡くなったご主人の生まれた国を、まだ一度も自分の目で見たことがないことを教えてくれた。

「いつかは行こうと思っていたのに、気づいたらこんな年になっちゃって」

いつものように豪快に笑うのではなく、「ふふふ」と柔らかい笑みを浮かべる早江さんは、きっと今、ご主人のことを思い浮かべている。