ヘソ天を夢見てる。

わちを抱っこして、東田さんとは少し距離をおいて歩いた。
もしまた同じようなことが起きても、二度とわちが噛んだりしないように注意をしなければいけない。

「浅葱さんは玄米ご飯をよく食べるんですか?」

やけに玄米に食いついてくるところを見ると、玄米好きなのかもしれない。
好みが同じなのはちょっと嬉しい。

「好きなんです。栗ご飯を玄米で炊きますか? それならうちに玄米があるので持って行きます」

そこで会話が途切れたので、玄米が好きだと思ったのは勘違いだったのかと思った。
見上げると、東田さんと目が合った。

「どうこうしようというつもりは全く無いですけど、浅葱さんは警戒心なさすぎ。人見知りしないひとですか?」

そう言えば、居酒屋で話した時も、cielで話した時も、東田さんとは普通に話している。
最初はお酒が入っていたからで、今は……きっと早江さんと親しいひとだとわかったから。

「東田さんは早江さんの知り合いだからだと思います。いつもは上手く話せないことが多くて、変わりたいと思いながらなかなか出来ないでいます」

「変化を受け入れるのは簡単じゃないですよね。受け入れられないものもあるし」

一瞬吹いた風で、抱っこしていたわちが顔をわたしの胸へ埋めた。

少しだけ続いた沈黙は早江さんといる時と同じで、「何か話さないといけない」という、あの合コンの時のような焦りがない。

「cielは昔、早江さんのご主人が料理を作ってたんです。それでご主人が亡くなられた後、一度閉店したんです。それを早江さんが再開して洋食屋から今の喫茶店になったのは聞きました?」

それを知っているということは、東田さんは昔からの常連さんということ。

「はい」

「ご主人はイギリスの人でした」

それは初耳。

「それなのに店名はフランス語で、空とか天とか……天国という意味だと教えてもらいました」

東田さんがほんの少しだけ言い淀んだ「天国」という言葉は、わたしの胸にも刻まれた。

「変わらないのは、エスプレッソをコーヒーカップで出すとこくらいです。でもあれに慣れたら、普通に他所でエスプレッソ頼むと物足りない」


次のcielのお休みにマンションへ行く約束をして、東田さんとは別れた。
東田さんは鼻を噛まれたにも関わらず、「ワチも連れて来ればいいですよ」と言ってくれた。でも、わちは慣れない場所へ行くとストレスがMAXになってしまうので、それは断った。