ヘソ天を夢見てる。

「自分では見えないんだけど、まだ血は出てますか?」

「はい……出てます……たくさん……本当にごめんなさい」

お客さんはウェットティッシュを1枚取ると、自分の鼻を拭いて、「痛っ」と声を出した。

「治療費は必ずお支払いしますので、すぐに病院へ――」

「このくらいいいですよ。どう考えても俺が悪い。ワチに向かって倒れかかったんだから、襲われると思ってすごく怖かったと思う」

ふるふると頭を振る私に、お客さんは笑った。

「想世さんのせいじゃないから」

「え?」

「あ……名字知らないから」

わたしも、あなたの名字を知らないです。

「浅葱です。浅葱想世です」

「俺は東田一成」


違うっ! のんきに自己紹介をしている場合じゃないっ。


「やっぱり病院へ行ってください」

「大丈夫だから、気にしなくていいですよ」

わたしの足元にぴったりとくっついてお座りをしていたわちが首を掻いて、リードとハーネスが当たったカチカチという音がした。

「ほら、ワチももう気にしてない」

「本当にごめんなさい、何と言ってお詫びをしたらいいのか……」

深く深く頭を下げた。

「浅葱さん、栗は好きですか?」

頭の上からふってきた質問が、わちの噛んでしまった事実と結びつかない。

「……はい」

「栗ご飯を最初から作ったり出来ますか?」

「……ゴム長靴を持っていないから……」

「ゴム長靴?」

「栗拾いにはゴミ長靴がないと危ないので……」

栗拾いや筍を掘りに行く時は、マムシが出ると危ないので厚めのゴム長靴を履いて山に入る。
普通の雨靴だと薄いものがあるので、工事現場の人が履くような厚めのものを実家では着用していた。
でもこっちにいると使い道がないので持っていない。

「栗拾いからじゃないですよ」

東田さんは笑いをこらえながら「栗はイガから出たものを想定してください」と言った。

「それなら、はい。玄米で炊いたのとか好きです」

「玄米、ですか」

早江さんには「ランチのご飯を白米と玄米で選べるようにしませんか?」と提案したら、速攻で「お米は白米が好きなのよ」と否定された。
東田さんの物言いは肯定的なのか否定的なのかわからない。

「大量に生栗をもらって、無性に栗ご飯が食べたくなったんだけど、一人で皮を剥くのはキツイと思ってたからちょうど良かった。栗ご飯でチャラということで、今度のお休みに一緒に作って食べませんか?」

「……わたしはいいですけど……東田さんはそれでいいんですか?」

きれいな顔に傷を作ってしまったというのに、東田さんは怒ることもなく、栗ご飯で帳消しにしてくれると言う。