ヘソ天を夢見てる。

早江さんに聞いた住所は駅の反対側にあるマンションで、オートロックでもなかったので、そのまま教えられた部屋の前まで行った。

「びっくり唐揚げのお客さん」の名前が「一成」と言うのはわかっているけれど、名字を知らない。
運が良ければ表札があるかもしれないと思っていたら、ドアには銅のプレートが貼ってあるだけだった。「Arc-en-ciel」と書かれていたけれど、それが何を意味するのか不明。

インターフォンを押してしばらく待っても返事がなくて、もう一度ボタンに手を伸ばしかけたところで、いきなりドアが開いた。

「びっくり唐揚げのお客さん」がわたしを見て眉間に皺を寄せている。

「どうしてここを知ってんの?」

どうしてって……配達ですから住所を知らないと来れません……

「配達に来たので……」

「配達? 何の?」


何――って……


明らかに機嫌が悪い。
その不愉快度100%の態度は、居酒屋で会った時(はっきりとは覚えてはいないけれど)とも、cielで会った時とも違う。


早江さん……配達先は別だったのでは?


そう思ってすぐに否定した。そんなことはない。
早江さんは確かに「一成くんのとこ」と言って、わたしにここの住所を教えた。

「早江さんから、配達に行くように言われました。これを渡せばわかるから、と」

半透明のビニール袋を彼の前に掲げた。
持って来たのはメニューにはないお弁当で、早江さんに指示されて作ったものだった。
cielで働き始めて、配達に出たのは初めてで、配達があることも初めて知った。
もしかしたら彼だけが特別なのかもしれない。

「……理解した。ランチを食べに行ったから、仕事が煮詰まってるのがバレたんだ……」

その答えの意味もさっぱりわからない。
ただ、急に口調が柔らかくなって、その表情もゆるんだ。そればかりか頭まで下げられた。

「家を教えてもないのに、いきなり来られたんだと思って。態度悪かったですね。ごめんなさい」

「いえ、誤解が解けたなら良かったです」


このひとは過去にいきなり家へ来られるような目にあって、それが不愉快な記憶として焼き付いているのかもしれない。
意識して見たことはなかったけれど、きれいな顔をしているし、きっと女のひとが放っておかない。

「コーヒーでも飲みますか? お詫びに淹れます」

「ありがとうございます。でもまだ仕事の途中なので失礼します」

結局、名字はわからないまま、マンションを後にした。


その後、3回ほど配達に行って、3回目に「もう大丈夫だと早江さんに伝えて」と伝言を頼まれた。
それをそのまま早江さんに伝えると、それからは配達がなくなった。