ヘソ天を夢見てる。

お客さんが来ないので、掃除をしながら早江さんに話しかけた。

「……こんなにお客さんが来なくて大丈夫ですか?」

「何が?」

早江さんはまるで自分がお客さんのごとく、すっかりくつろいでいて、店内のゆったりとしたイスに座ってお茶を飲んでいる。

「ランチタイムに人手が足らないだけなのに、仕事は夕方までで、おまけに昼も夜もご飯付きは申し訳なくて」

「そのことなら心配しなくていいよ。ここは、まぁ……趣味でやってるようなもんだから」

普段は威勢のいい早江さんの声が心なしか沈んでいる。
視線は誰もいない厨房の方へ向けられていた。

「ここは元々、主人がやってた洋食屋だったのよ。だから店の名前も『ciel』なんて小洒落てるだろ? 亡くなった後に閉めようかと思ったんだけど……出来なくてね」

早江さんのその柔い表情は、ご主人への思いであふれている。
きっとそこにあるのは痛みではなく、優しい想い出。

「想世ちゃんが今住んでるアパートの他に、もう2件ほどマンションを持ってて、そこの家賃収入だけでやっていけてるから」

「わたしの住んでるアパートのオーナーさん?」

「あそこはもう古いからペット可にしてるんだけど、だからってろくでもない入居者はごめんだからね。一応入居時にチェックはしてんの。だからアンタのことは前から知ってたのよ」

それを聞いて、わたしが無職になったことをどこかで耳にして、家賃が払えなくなることを心配したのかと思った。
でもそうではなかった。

「ぼんやりしてそうな子に見えたけど、スーパーで新生姜とお酢を買うの見て、この子は使えそうだと思ったのよ」

「じゃあ、わたしにかけてくれた言葉は――」

「何かいいこと言ってた? そんなの覚えてないよ」

思っていたのとは違う返答だったけれど、「あはは」と笑う早江さんは憎めない。