ヘソ天を夢見てる。

沢渡さんの処分は2週間の停職だった。
わたしの方は3日間。ただ週末を挟んだので会社には5日間行かなかったことになる。

出社すると、「沢渡さんは梶井くんのことで嫉妬した浅葱さんに嫌がらせを受けたらしい」という噂が広まっていた。
噂の出所は営業部の女子社員。
沢渡さんには休んでいても影響力があるらしい。

ヒソヒソと陰口を言うひともいれば、わざと聞こえるように言うひともいる。
誰もが沢渡さんに同情を寄せ、わたしの方は「一方的に梶井くんに想いを寄せていた女」ということになっていた。
「梶井くんの出社時間に合わせて後ろをついて歩いてるのを何度か見た」というひとも出て来た。
梶井くんはわたしの家から出社することがあったから、会社の近くまでは一緒に行って、途中から少し距離を取るようにしていた。多分その時のこと。

圧倒的に交友関係の狭いわたしは、悪意のある噂と戦い続けることができず、ある朝、マンションの玄関で一歩を踏み出せずうずくまった。

逃げてごめんなさい。

ペット可の物件へ引っ越すのと同時に会社へ辞表を出した。



新しい家で、新しいケージの出入り口を開けたままにしていても、わちは出て来ようとはしない。

「ごめんね。環境がころころ変わるのはストレスだよね」

こちらから撫でようとすると、わちはするりと逃げ出す。
でも撫でて欲しい時は近づいて来て、わたしの顔すれすれに顔を寄せてじっと見つめてくる。

「わちは時々、距離感バグ夫くんだね」



梶井くんが泊まった日の朝は、目を覚ますといつも身動きが出来ないくらいぎゅっと抱きしめられていた。

「梶井くん……距離……近すぎる」

「慣れて」

「慣れるかな……」

「これから先もずっとこうなんだから、慣れるよ」

そう言った時の梶井くんの声すら、わたしの記憶の中から消えることはない。