ヘソ天を夢見てる。

梶井くんのいない会社。

会社で会うことなんてほとんどなかったけれど、それでも「梶井くんのいない会社」に変わってしまった。


エレベーターに乗ると、後から営業部の子達が乗ってきた。
沢渡さんと、もう一人は知らない。

「その指輪、してきてるんだ」

「うん。だって梶井くんからの贈り物だもの」


指輪?


「大きなダイヤだよねー。愛されてたんだ」

「まぁね。婚約指輪だったから」


婚約?


営業部のフロアでエレベーターを降りた沢渡さんを追いかけた。

「さ、沢渡さん、その指輪見せて」

わたしが同期だってことすら記憶になかったらしい沢渡さんは、「誰?」という顔をした。

「同期の、浅葱です」

「……どうしてあなたに指輪を見せないといけないの?」

「すごく、素敵だって、さっきエレベーターの中で聞こえたから。いいな、って思って。お願いします」

頭を下げると、気を良くしたのか沢渡さんは、わたしに向かって芸能人が婚約した時のポーズのように指輪をこちらへ向けた。

「本当に……きれい……梶井くんから直接渡されたの?」

「……そうだけど、もういい?」

「待って! 外して、もっとよく見せて」

「はぁ? ないわ」

わたしに背を向けた沢渡さんの肩を掴んだ。


送られてきたメッセージに返信するだけじゃなくて、自分からも送れば良かった。
自分から電話をかければ良かった。
つまんないいことでもいいから、何でも言えば良かった。
「もっと一緒にいたい」と伝えれば良かった。

ごめんね、梶井くん。

ごめんなさい。


沢渡さんの手を掴むと、サイズが合ってなかったからか、指輪がするりと抜けた。

「何するのよ! 泥棒!」


梶井くん、返事は「はい」だよ。
わたしは、梶井くんのお嫁さんになりたかった。
大好きだったの。


沢渡さんに髪の毛を引っ張られた。

「返しなさいよ!」

沢渡さんの声に人が集まって来る。


でも、これだけは、どうしても、譲れない。

だって、ちゃんと指輪には刻印が入っていたから。

To S From M(想世へ 正宗より)