魔力の少ない魔法使い

「ああ、そうか。なら――契約してやる」
「――は?」
 突然告げられたアースの言葉に、俺は間の抜けた声を漏らした。
「あ? 聞こえなかったのか? 仕方ねぇから契約してやるって言ってんだよ」
「……いや、意味が分からねぇよ!」
 思わず声を荒らげる。
 契約?
 さっきまで俺を殺して身体を奪うと言っていた奴が、どうして急にそんなことを言い出すんだ。
「……急にどういう風の吹き回しだよ」
「気分だ、気分」
 アースは肩をすくめ、面倒くさそうに答えた。
「信用できねぇか?」
 そう言うと、アースは手にしていた純白の剣――〈クラウ・ソラス〉を消した。
 同時に、それまで周囲を満たしていた殺気と膨大な魔力も嘘のように静まっていく。
「……」
 本当に意味が分からない。
 俺を殺そうとしていたかと思えば、今度は契約すると言い出す。
 こいつの考えていることが、まるで読めなかった。
「てめぇの諦めの悪さに付き合うのが、面倒くさくなったんだよ」
「……なんだよ、それ」
 思わず深いため息が漏れる。
 結局、なんなんだこいつは……。
「んで? どうすんだよ。早く決めろ」
 アースが俺を見ながら続ける。
「だらだら迷ってると、お前の仲間とやらが本当に死ぬぞ」
「……は?」
 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「どういうことだよ。みんなが危ないって……」
「俺はこの精神世界からでも、外の状況がある程度分かるからな」
 アースは面倒そうに頭を掻く。
「簡単に説明してやると、この前襲ってきた連中がまた来やがった。しかも今、お前のすぐ近くで仲間とやらが戦ってる」
「本当なのか!?」
「こんなくだらねぇ嘘ついてどうすんだよ」
 アースが僅かに目を細める。
「……あー、こりゃマズいな」
「何がだよ!」
「一人、今にも殺されそうになってる」
「な……ッ!?」
 頭の中が真っ白になる。
「で? どうする?」
「契約はどうやってするんだ! 早く教えろ!」
 一刻も早く戻らないと。
 誰が危ないのかなんて分からない。
 でも、そんなことはどうでもいい。
 みんなを助けないと。
 俺が詰め寄ると、アースは突然、くっくっと肩を揺らして笑い始めた。
(何がおかしいんだよ……ッ!)
 こっちは仲間の命が懸かっている。
 睨みつける俺を見て、アースはやがて笑うのを止めた。
 そして――。
「拳を出せ」
「……は?」
 アースが右拳をこちらへ突き出した。
「早くしろ」
「……分かったよ」
 訳が分からないまま、俺も拳を握る。
 そして、アースの拳へ軽くぶつけた。
 トンッ。
「……」
「……」
 何も起こらない。
(……なんだこれ?)
 騙されたのか?
 そう思った、その瞬間――。
「うわっ!?」
 触れ合った拳から眩い光が溢れ出した。
 同時に、身体の奥から焼けるような熱が広がっていく。
(なんだ……これ……!?)
 苦しいわけじゃない。
 むしろ、自分の身体の奥深くに何か新しいものが入り込み、馴染んでいくような奇妙な感覚だった。
 やがて光がゆっくりと収まっていく。
「……これで契約完了だ」
「え?」
 俺は自分の拳とアースを交互に見る。
「今ので終わりか?」
「そうだ」
「そんなあっさり……」
 もっとこう、長い呪文を唱えたり、血を使ったりするものだと思っていた。
 なんとも拍子抜けだ。
「おい」
「あ?」
「喋ってる暇あんのか?」
「――あっ!」
 そうだった。
「早く戻らないと! ……って、どうやってここから出るんだよ!」
 ここへ来た時は烏廻さんに送り込まれた。
 自力で戻る方法なんて聞いていない。
「そこだ」
 アースが顎をしゃくる。
 指し示された先を見ると、何もなかった空間に歪な光の裂け目が浮かんでいた。
「あそこを通ればいいのか?」
「ああ。抜けりゃ勝手に目が覚める」
「分かった!」
 俺はすぐに走り出す。
「おい」
「今度はなんだよ!」
 振り返ると、アースが面倒そうな顔でこちらを見ていた。
「俺と契約して手に入れた力については、向こうで教えてやる」
「向こうって……外でか?」
「当たり前だろ」
 アースが呆れたように言う。
「契約した以上、これからは外にいても俺と話せる。用があるなら心の中で呼べ」
「……分かった!」
 俺は頷き、再び光の裂け目へ向かって走り出す。
 あと少し。
 そこを抜ければ、みんなのところへ戻れる。
「――あっ、そうだ!」
 裂け目へ飛び込む直前、足を止めた。
「なんだよ」
 振り返る。
「契約してくれて、ありがとな!」
「……は?」
 それだけ言って、俺は光の中へ飛び込んだ。
 ◇
「……」
 一人残されたアースは、しばらく呆然と隼人が消えた場所を見つめていた。
 やがて、深く息を吐く。
「……ハッ」
 口元に僅かな笑みが浮かんだ。
「自分を殺して身体を奪おうとした奴に礼を言うとか……甘ぇにも程があるだろ。ったく」
 呆れたように悪態をつく。
 それでも、その表情から笑みが消えることはなかった。
「……まったく、よく似てやがる」
 アースは静かに空を見上げる。
 その脳裏に浮かんでいたのは、十五年前に相対した一人の男の姿だった。
「……お前が言ってた通りなのかもな」
 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
「こいつが――『希望の光』ってやつなのかも知れねぇな」
 青空から降り注ぐ暖かな光を見つめながら、アースは一人、静かに笑っていた。