魔力の少ない魔法使い

「……がはッ!」
「九条ッ!」
「紘弥君ッ!」
 重い打撃音と共に、男の前蹴りが紘弥の腹部へ突き刺さった。
「ぐっ……!」
 防御が間に合わず、紘弥の身体がくの字に折れ曲がる。
 そのまま後方へ弾き飛ばされ、壁へ激しく背中を打ちつけた。
「ゴホッ……!」
 崩れ落ちた紘弥はその場に膝をつき、苦しそうに咳き込みながら血を吐き出す。
 圧倒的な実力差。
 それを示すかのように、男は一切の隙を見せず、倒れた紘弥へゆっくりと歩み寄っていく。
「はぁッ!」
「やぁッ!」
 その背後から、玲奈とサラが同時に地面を蹴った。
 左右へ分かれ、男を挟み込む。
 しかし――。
「遅いな」
「――ッ!」
 男は振り返りざま、サラへ裏拳を放った。
「サラ!」
 サラは咄嗟に〈三日月〉の柄を盾にする。
 ガンッ!
 直撃は防いだものの、重い一撃を殺し切れず、身体が後方へ弾き飛ばされた。
 その隙に玲奈が踏み込む。
「はぁぁッ!」
 〈ニヴルヘイム〉を上段から振り下ろし、返す刃で下から斬り上げる。
 だが、男は上体を僅かに逸らすだけで二撃とも躱した。
「くっ……!」
 直後、男の回し蹴りが玲奈の側頭部へ迫る。
 玲奈は素早く腰を落とし、その下を潜った。
 男の足が頭上を通り過ぎる。
 しかし、その姿勢ではすぐに次の攻撃へ移れない。
 男が追撃の蹴りを放とうとした、その瞬間――。
 バンッ!
 一発の銃声。
「……」
 男へ雷を纏った銃弾が飛来した。
「クッソ……!」
 紘弥だ。
 片膝をついたまま〈麒麟〉の銃口を男へ向けている。
「九条、助かったわ……!」
 男が銃弾を腕で弾いた僅かな隙に、玲奈は後方へ跳んだ。
 だが――。
「逃がすと思ったか?」
「え……」
 距離を取るより早く、男に腕を掴まれた。
 そのままもう片方の手が玲奈の首へ伸びる。
「がっ……!」
 身体を持ち上げられ、玲奈の両足が床から離れた。
 首を締め上げられ、息ができない。
「玲奈ちゃんから離れて!」
 体勢を立て直したサラが、背後から大鎌を振り抜く。
 男は玲奈を掴んだまま僅かに身体をずらし、その刃を躱した。
 そして振り返りざま、サラの腹部へ蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
 サラの身体が再び床を転がった。
「てめぇ……ッ!」
 紘弥が立ち上がる。
 血の滲む口元を拭う暇もなく、男へ向かって走り出した。
『形状変化《モード・チェンジ》』
 両手に握られていた〈麒麟〉が光を帯び、その形を変えていく。
 双銃から――大剣へ。
「うおぉぉッ!」
 紘弥は両手で大剣を握り、男の頭上へ振り下ろした。
 だが――。
「なっ!?」
 男は玲奈を掴んでいない方の手を掲げ、その刃を素手で受け止めた。
「くっ……!」
「君たちは強い。それは認めよう」
 男は平然とした表情で紘弥を見つめる。
「だが……まだ経験が足りない」
 そう言って、玲奈から手を離した。
「きゃっ……!」
 玲奈の身体が床へ放り出される。
「玲奈ちゃん!」
「くそがぁッ!」
 紘弥がさらに大剣を押し込もうとする。
 しかし、男の掌へ魔力が集まった。
「怒りに任せて戦うこと自体が悪いとは言わない」
「……ッ」
「だが、それで視野を狭めれば――こうなる」
 至近距離から炎弾が放たれた。
「がはッ!」
 紘弥の腹部へ直撃し、その身体が後方へ吹き飛ぶ。
 床へ叩きつけられ、そのまま何度も転がった。
 男はすぐにサラへ視線を移す。
「……っ」
 嫌な予感を覚えたサラが立ち上がろうとする。
 だが、身体が動くより男の方が早かった。
「しま――」
 気づけば、すでに目の前まで間合いを詰められていた。
 男の掌底がサラの腹部へ叩き込まれる。
「がはッ……!」
 肺から一気に空気が押し出され、サラの身体が後方へ弾き飛ばされた。
 壁へ背中を打ちつけ、その場へ崩れ落ちる。
「ぐっ……うぅ……」
 起き上がろうと床へ手をつく。
 しかし、蓄積したダメージで身体に力が入らない。
「サラ……!」
 倒れた玲奈も助けへ向かおうとするが、身体が思うように動かなかった。
「さて……これで終わりだ」
 男が二人から興味を失ったように視線を外す。
「まだ……終わって、ねぇよ……!」
「……?」
 掠れた声が響いた。
 男が振り返る。
 そこには、血に濡れながらも再び立ち上がった紘弥がいた。
 足元はふらついている。
 それでも、その目から戦意は消えていない。
「ほう……あれを至近距離で受けて、まだ立てるか」
「……お前に褒められても、嬉しくねぇよ」
「そうか」
 男が僅かに目を細めた。
「なら――これでどうだ?」
「――ッ」
 男が踏み込む。
 次の瞬間には紘弥の懐へ入り、その拳が横腹へ叩き込まれた。
「がッ……ぁ……」
 今度こそ防御することもできなかった。
 紘弥の身体が後方へ吹き飛び、壁へ激突する。
 そのまま力なく床へ崩れ落ちた。
「九条!!」
「次は、君だ」
 玲奈の叫びを無視し、男が歩み寄ってくる。
 そして虚空へ手を伸ばすと、その手に無骨な剣が顕現した。
(このままじゃ……やられる……)
 玲奈は男を見上げた。
 悔しさに唇を強く噛む。
「さて……これで本当に終わりだ」
 男が剣を構える。
(ダメ……)
 玲奈の頭に浮かんだのは、無茶ばかりする幼馴染の顔だった。
(私がここでやられたら……誰が、あいつを守るのよ)
 剣が振り上げられる。
(――私が、隼人を守るの!)
「……ッ!」
 残っていた魔力を無理矢理かき集める。
 冷気が玲奈の周囲へ溢れ出した。
「【氷結砲】!!」
 両手を突き出す。
 最後の魔力を注ぎ込んだ氷の砲撃が、至近距離から男へ放たれた。
「むっ……!?」
 完全に戦闘力を失っていると思っていたのだろう。
 男の顔に初めて驚きが浮かんだ。
 咄嗟に左腕を前へ出す。
 氷の奔流がその腕へ直撃した。
 バキバキと音を立てながら、冷気が男の腕を覆っていく。
「……」
 やがて魔法が収まった。
 男はその場に立っている。
 大きな傷はない。
 だが、左腕の一部が凍りつき、皮膚には僅かに血が滲んでいた。
「……驚いた」
 男は凍りついた腕を見下ろす。
「あそこまで追い詰められて、まだこれほどの魔法を撃てるとは」
「ハァ……ハァ……ッ」
 玲奈は大きく息を乱し、その場へ膝をついた。
 今ので本当に魔力を使い切った。
 もう身体を動かす力すら残っていない。
「立派な意志だ」
 男が剣を握り直す。
「だが……もう終わりだ」
 今度こそ剣が高く振り上げられた。
「西園寺、逃げろ!!」
「玲奈ちゃん!!」
 紘弥とサラの声が響く。
(ごめん、隼人……)
 玲奈は静かに目を閉じた。
(あなたを……守れなかった)
 男の剣が振り下ろされる。
 ――カキィィィンッ!!
「……!?」
 響いたのは、肉を斬る音ではなかった。
 鋭い金属音。
「……君は」
 男の驚いた声が聞こえる。
「……え?」
 いつまで経っても痛みは来ない。
 玲奈は恐る恐る目を開けた。
「……」
 目の前に、一人の少年が立っていた。
 炎を纏った剣を横へ構え、男の刃を真正面から受け止めている。
 何度も見てきた背中。
 子供の頃からずっと見慣れている、誰よりも安心できる背中だった。
「……ッ!」
 少年が力を込め、男の剣を弾き返す。
 体勢を崩した男の腹部へ、そのまま前蹴りを叩き込んだ。
「チッ!」
 男が後方へ押し飛ばされる。
 そこでようやく、少年が振り返った。
 全身は傷だらけ。
 衣服もボロボロだった。
 それでも、その瞳には強い光が宿っている。
「大丈夫か、玲奈」
「……は……やと?」
 玲奈の目から、大粒の涙が溢れ出した。
「ああ」
 隼人は少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「悪い。遅くなった」
「……ほんと……遅すぎるわよ」
 玲奈は涙を流しながら、力なく笑った。
「……バカ」
 目の前にいるのは、子供の頃からずっと一緒だった幼馴染。
――桐宮隼人だった。