魔力の少ない魔法使い

「ハァ、ハァ……ッ、ゴホッ……!」
 荒い呼吸を繰り返しながら、俺は口の中に溜まった血を吐き捨てた。
 視界が霞む。
 全身の筋肉が悲鳴を上げ、身体はとうに限界を超えていた。
 それでも、目の前に立つアースから一瞬たりとも視線を外すわけにはいかない。
「どうした? まだ一発しか貰ってねぇぞ。もっと楽しませてくれよ」
 アースは余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 無防備にも見えるその姿に、付け入る隙はまるでない。
 あいつの言う通りだった。
 俺がこれまで必死に放った攻撃の中で、まともに届いたのは腹部を浅く掠めた一撃だけ。
 それ以外は全て、簡単にあしらわれている。
(くそっ……! 動け……俺の身体!)
 力を込めようとしても、思うように動かない。
「諦めろ。……お前じゃ、俺には勝てねぇよ」
 アースがつまらなそうに吐き捨てる。
 次の瞬間、その靴底が俺の顔を踏みつけた。
「ぐっ……!」
 頬に鈍い痛みが走り、土の匂いが鼻を突く。
 俺は両手でアースの足首を掴み、必死に押し返そうとした。
 だが、びくともしない。
「無駄だっての。大人しく俺に殺されて、その身体をよこせ」
「うるせぇ……ッ。誰が、お前なんかに……!」
「チッ。……なら死ね」
 足が離れる。
 その直後、強烈な蹴りが腹部へ突き刺さった。
「がはっ……!」
 肺の中の空気が一気に吐き出される。
 俺の身体は後方へ吹き飛び、地面を何度も転がった。
 視界が明滅する。
 意識まで遠のきそうになった。
「これで終わりだな」
 アースがゆっくりと近づいてくる。
 その拳が振り上げられた。
(ここで……終わるのか?)
 何もできずに。
 こいつに全部奪われて。
 そんなの――。
「……ふざけんな」
 俺は地面へ手をつく。
「俺は、諦めねぇッ!」
 全身を襲う激痛を無理矢理押し殺し、立ち上がった。
 双剣を握り締め、そのままアースへ踏み込む。
「まだ向かってくんのか……いい加減しつこいぜ」
 アースが鬱陶しそうに拳を振り下ろす。
 だが――。
(見える!)
 これまで何度も食らってきた攻撃。
 その軌道が、僅かに見えた。
 俺は身体を捻り、拳を紙一重で躱す。
「なに……?」
 そのまま懐へ潜り込んだ。
「おおぉぉぉッ!」
 二本の剣を交差させる。
 残った力を全て振り絞り、アースの腹部へ十字の斬撃を叩き込んだ。
「……ッ!」
 確かな手応え。
 アースの身体が後方へ押し戻される。
 俺は追撃せず、双剣を構え直した。
「俺は絶対に負けねぇ」
 こいつに勝つ。
 そして、みんなのところへ帰る。
 そのために、まだ倒れるわけにはいかない。
「……」
 アースがゆっくりと顔を上げる。
 その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
(なんだ……?)
 だが、その笑みはすぐに消えた。
 代わりに浮かんだのは、これまでとは明らかに違う冷たい怒りだった。
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソ雑魚が」
「……ッ」
 空気が変わった。
 アースの身体から、膨大な魔力が一気に溢れ出す。
 肌を刺すような圧力に、思わず一歩後ずさった。
(なんだよ……これ……)
 今までとは比べものにならない。
 ようやく理解した。
 こいつは今まで、本当に遊んでいただけだったんだ。
「喜べ」
 アースが右手を掲げる。
「こっからは遊びじゃねぇ。本気で相手してやる」
 光がその手へ集まっていく。
「来い――〈クラウ・ソラス〉」
 眩い光が収束し、一振りの剣が姿を現した。
 柄から刀身まで、全てが純白。
 神聖さすら感じさせる美しい剣。
 だが、そこから放たれる気配は、見た目とは正反対だった。
「……」
 アースが〈クラウ・ソラス〉を軽く振るう。
「ッ!?」
 鋭い斬撃が一直線に飛んできた。
 俺は咄嗟に身体を捻る。
 頬のすぐ横を斬撃が通り抜け、皮膚が浅く裂けた。
 血が一筋、顎を伝う。
(速い……しかも、この威力……!)
 まともに受ければ危険だ。
 そう判断した直後――。
「遅ぇよ」
「なっ――」
 アースがすでに眼前まで踏み込んでいた。
 回し蹴りが腹部へ叩き込まれる。
「がはッ……!」
 身体が大きく吹き飛び、地面を転がった。
「まだまだ行くぞ」
 アースが追ってくる。
 白い剣を上段から振り下ろした。
「くっ……!」
 俺は地面を転がるようにして避ける。
 直後、剣が地面へ食い込み、深い亀裂を刻んだ。
(このままじゃ確実にやられる……!)
 何か。
 何か手はないのか。
 必死に考える。
 だが、何も浮かばない。
(くそっ……どうすれば――)
 顔を上げた。
 そこにアースはいなかった。
「――ッ!」
 背後から気配。
 俺は慌てて振り返り、双剣を交差させる。
「遅い」
 回し蹴りがガードの上から叩き込まれた。
「ぐぁッ!」
 両腕が痺れ、身体が再び地面を転がる。
 全身がもう動くなと叫んでいた。
 地面へ手をつき、無理矢理起き上がろうとする。
 だが、足に力が入らない。
(くそ……何本か、いったか……)
 息を吸うだけでも胸が痛む。
 そんな俺を見下ろしながら、アースがゆっくり歩み寄ってきた。
「そろそろ諦めはついたか?」
「……ふざけんなよ」
 口の中の血を吐き捨てる。
 泥だらけの手で地面を掴み、必死に身体を起こす。
「まだ諦めねぇのか?」
 アースが理解できないものを見るように眉をひそめた。
「お前じゃ俺には勝てねぇって、何回言えば分かるんだ」
「……絶対に、諦めねぇ」
 双剣を握り直す。
「……なんでだ?」
「……だから」
 震える足へ力を込める。
 どうにか立ち上がり、俺はアースを真っ直ぐに見た。
「みんなと……約束したからだ」
「あ?」
「強くて頼もしい友達には……俺なら誰が相手でも勝てるって」
 ルイの姿が脳裏に浮かぶ。
「クールでカッコいい友達と、姉御肌でカッコいい友達には……俺ならできるって」
 黒崎と五十嵐。
「無口で可愛らしい友達には……シュークリームあげるから頑張れって」
 ティオナ。
「大和撫子な友達には……俺なら大丈夫って」
 橘。
「冷静で憎たらしい友達には……勝ち逃げは許さないって」
 帝。
「明るくて元気な女の子には……また花火見ようって」
 サラ。
「長い付き合いの幼馴染には……生きて帰って来なさいって」
 玲奈。
「一番の親友には……明日からちゃんと授業に来いよって」
 紘弥と拳を突き合わせた感触が蘇る。
「姉ちゃんと優斗さんには……信じてるって。母さんには……父さんと母さんの息子だから大丈夫って」
 家族の顔が浮かぶ。
「……あと、烏廻さんにはテストがあるって言われたな」
 思い出したら、自然と笑いが漏れた。
 身体中が痛い。
 立っているだけでも辛い。
 それでも、不思議と少しだけ身体が軽くなった気がした。
 俺には帰る場所がある。
 待っていてくれる奴らがいる。
 だから――。
「だから俺は、お前に勝つまで絶対に諦めねぇ!!」
 腹の底から叫ぶ。
 双剣を握り、もう一度構え直す。
 限界なんて知るか。
 何度倒されても、立つ。
 アースに勝って、絶対に帰る。
「ああ、そうか。なら――」