魔力の少ない魔法使い

熱気を帯びた無数の魔力弾が、鋭い軌道を描いてケディアへと襲いかかる。
 迫り来る攻撃を前にしても、ケディアの表情に焦りはない。
 身体を僅かに傾け、半歩ずつ位置をずらしながら、桜の魔法を必要最低限の動きで躱していく。
 しかし、桜の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「……」
 一度ケディアの横を通り過ぎた魔力弾が、空中で軌道を変える。
 背後へ回り込み、再び一斉に襲いかかった。
「……鬱陶しいな」
 ケディアが僅かに眉をひそめる。
 手にした剣を振るい、背後から迫る魔力弾を次々と斬り払った。
 魔法が弾け、光の粒子となって周囲へ散っていく。
 だが、その僅かな隙を桜は見逃さない。
 両手を広げると、その周囲に幾つもの小さな魔法陣が次々と展開された。
「一気にいきます!」
 号令と同時に、魔法陣が一斉に輝く。
 そこから放たれた無数の魔力弾が、逃げ道を塞ぐように様々な方向からケディアへ殺到した。
「チッ……」
 ケディアは剣を縦横に振るい、次々と迎撃する。
 だが、さすがに全てを捌き切ることはできない。
 数発が身体へ直撃し、連続して炸裂した。
 爆煙が立ち込める。
 やがて煙の中から姿を現したケディアは、衣服の一部を焦がしながらも、依然として立っていた。
「……多少は効くか」
「まだ終わりではありませんよ」
 桜が右手を掲げる。
 頭上に、先ほどまでより遥かに大きな魔法陣が展開された。
 大量の魔力が一箇所へ集まり始め、その熱気に周囲の空気が揺らめく。
 ケディアの表情から、僅かに気怠さが消えた。
「【炎龍の砲撃】!」
 巨大な炎が渦を巻き、凝縮されていく。
 やがて生み出された炎塊が、凄まじい熱を放ちながらケディアへ向けられた。
「……これは」
 まともに受けるのは危険。
 そう判断したケディアが、その場から離れようと地面を蹴る。
「逃がすと思いますか?」
「……ッ」
 足元から魔力で形成された鎖が飛び出した。
 何本もの鎖がケディアの脚へ絡みつき、その動きを封じる。
「こんなもの――」
 ケディアが引き千切ろうと力を込める。
 だが、その前に桜が右手を振り下ろした。
「行きなさい!」
 巨大な炎塊が放たれる。
「……!」
 身動きを封じられたケディアを、灼熱の炎が真正面から呑み込んだ。
 ドゴォォンッ!!
 轟音と共に炎が炸裂する。
 強烈な熱風が周囲を駆け抜け、濃い煙が立ち込めた。
 桜は油断せず、その奥をじっと見据える。
「……」
 やがて煙が薄れていく。
 その中心で、ケディアは片膝をついていた。
 黒い衣服は焼け焦げ、露出した皮膚にも火傷が残っている。
 先ほどまでとは違い、呼吸も僅かに乱れていた。
「……このままでは勝てないか」
 ケディアがゆっくりと立ち上がる。
「仕方ない」
「……!」
 その言葉を聞いた瞬間、桜が再び魔法を放った。
「させません!」
 しかし、ケディアは懐から青く輝く小さな水晶を取り出し、握り潰す。
 パァンッ!
 光と共に半透明の結界が展開され、桜の魔法を受け止めた。
「結界石……」
 桜がすぐさま二撃、三撃と魔法を叩き込む。
 結界の表面に亀裂が入り始める。
 だが、その数秒で十分だった。
「汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ――」
 ケディアが低く詠唱する。
「万物を淀ませ尽くす、大罪が一つ――怠惰の罪」
 その足元から、どす黒い魔力が滲み出した。
 重く、淀んだ魔力がケディアの身体を包み込んでいく。
「――怠れ、ベルフェゴール」
 パリンッ!
 桜の攻撃によって結界石の障壁が砕け散った。
 しかし――。
「〈悪魔融合〉」
 一歩、遅かった。
 黒い魔力が一気に膨れ上がり、ケディアの全身を覆い隠す。
「……」
 桜は攻撃を止め、警戒するように距離を取った。
 やがて魔力がケディアの身体へ収束していく。
 姿を現したケディアは、先ほどまでとは明らかに異なっていた。
 全身には漆黒の衣のような魔力が纏わりつき、顔や腕には禍々しい黒い紋様が浮かんでいる。
 そして瞳は、鮮やかな赤へと変貌していた。
「……これが、悪魔融合」
 桜が小さく呟く。
 纏う魔力量がまるで違う。
 それまで余裕を持って対峙していた桜の表情にも、初めて明確な警戒が浮かんだ。
「……」
 ケディアが地面を蹴る。
「ッ!?」
 速い。
 桜が反応した時には、すでに眼前まで迫られていた。
 咄嗟に防御魔法を展開する。
 だが、完成するより先にケディアの拳が腹部へ突き刺さった。
「かはっ……!」
 肺から空気が押し出される。
 桜の身体が後方へ吹き飛び、地面を転がった。
「くっ……」
 すぐに起き上がろうとする。
 しかし――。
「……遅い」
「――ッ!」
 声がすぐ傍から聞こえた。
 ケディアがすでに追いついている。
 白刃が振るわれた。
 桜は咄嗟に身体を捻ったが、完全には躱せない。
「ぐっ……!」
 剣が腹部を深く切り裂き、鮮血が散った。
 続けざまに放たれた蹴りを受け、桜の身体が再び地面へ投げ出される。
「……っ」
 腹部から血が流れ、桜はその場に倒れ込んだ。
「終わったな」
 ケディアは冷淡にそう告げ、踵を返す。
 その時だった。
 ドンッ!
「ぐっ……!?」
 背後から魔法を受け、ケディアが大きく体勢を崩した。
「……なに?」
 振り返る。
 そこには――。
「まったく……痛いじゃないですか」
 桜が立っていた。
「……貴様」
 先ほど深く裂かれたはずの腹部。
 そこを覆うように淡い光が揺らめき、傷が見る間に塞がっていく。
 そして桜の身体には、先ほどまで存在しなかった美しい羽衣が纏われていた。
「その傷……」
「残念でしたね」
「……その羽衣か」
 ケディアが目を細める。
 桜が身に纏うのは――〈天ノ羽衣〉。
 着用者自身の魔力を消費し、負った傷を高速で癒す力を持つ武具だった。
 ただし、無制限ではない。
 深い傷を癒せば、それだけ大量の魔力を失う。
「なるほどな」
 ケディアが再び剣を構える。
「傷が治ったところで、こちらが優位なのは変わらない」
「……そうでしょうか?」
「なに?」
 桜が静かに立ち上がる。
「私はこの後のことも考えて、魔力を温存していました」
 淡い光を纏った羽衣が風に揺れる。
「ですが――」
 桜が右手を前へ突き出した。
「どうやら、貴方を相手に出し惜しみをしている余裕はなさそうですね」
 その背後へ、一つ、二つ、三つ――。
 次々と魔法陣が展開されていき、桜の周囲へ満ち始めた。
「……」
 ケディアの赤い瞳が僅かに細められる。
 先ほどまでとは違う。
 桜もまた、完全に戦闘へ意識を切り替えていた。
「全力で相手しましょう」
 幾つもの魔法陣を背に、桜は悪魔と融合したケディアを真っ直ぐに見据えた。