魔力の少ない魔法使い

 荒涼としたグラウンドの中心で、激しい金属音と打撃音が鳴り響いていた。
 戦局は誰の目から見ても明らかだった。
 烏廻が、インヴィを一方的に圧倒している。
「……クッソ! いい気になるなよ……ッ!」
 インヴィの顔は怒りと屈辱に歪んでいた。
 全身には斬撃や打撃による傷が刻まれ、紫色の衣服も所々が裂けている。
 対する烏廻は、両手に二本の剣を握ったまま静かに立っていた。
 衣服には目立った損傷すらなく、呼吸もほとんど乱れていない。
「……しばらくやって分かっただろ」
 烏廻が淡々と告げる。
「お前じゃ、俺には勝てない」
「はぁ!? 何言ってんの!? 僕が本気出してるとでも思ったわけ!?」
 インヴィが甲高い声を張り上げる。
「だったら馬鹿にも程があるでしょ!」
「勘違いしてるようだな」
 烏廻の眼差しは少しも揺れない。
「本気を出したところで勝てないって言ってんだ」
「――ッ!」
 次の瞬間、烏廻が踏み込んだ。
 インヴィが反応した時には、すでにその間合いへ入られている。
「四神流・白虎ノ型――【蓮牙】」
 二本の剣が左右から交差するように振るわれる。
「ぐっ……!?」
 インヴィは咄嗟に後方へ跳んだ。
 だが、完全には避けきれない。
 交差した斬撃が腹部を捉え、衣服を裂くと同時に鮮血が散った。
「くっ……!」
 着地したインヴィは腹部を押さえ、その場に片膝をつく。
「……分かっただろ」
 烏廻の平坦な声が届く。
「まだだ……ッ! まだ終わってない!」
 インヴィは血走った目で烏廻を睨み返した。
「僕が本気を出せば、お前なんて――」
「出せよ」
「……え?」
 思わぬ返答に、インヴィの目が見開かれる。
「聞こえなかったか?」
 烏廻は剣を下ろしたまま続ける。
「本気を出して構わねぇって言ってんだ。別に止めやしねぇよ」
「……ッ」
 まるで脅威として見られていない。
 その態度が、インヴィの自尊心を何よりも刺激した。
「どこまでも舐めやがって……!」
 インヴィはゆっくりと立ち上がる。
 やがて怒りに歪んでいた表情へ、不気味な笑みが浮かんだ。
「いいよ。僕を虚仮にしたこと、死ぬほど後悔させてやる」
 両腕を広げ、低く詠唱を始める。
「汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ――」
 インヴィの足元に、禍々しい紫色の魔法陣が広がっていく。
「万物を嫉み尽くす、大罪が一つ――嫉妬の罪」
 濃密な魔力がその身体を中心に渦を巻く。
 烏廻は何も言わず、その変化を静かに見つめていた。
「――妬め、レヴィアタン」
 詠唱が終わる。
 紫黒の魔力が一気に吹き上がった。
「〈悪魔融合〉!」
 溢れ出した魔力がインヴィの全身を包み込む。
 烏廻は僅かに目を細めながらも、その視線を逸らさない。
「ハハッ! ハハハハッ!! これが僕の本当の力だよ!」
 高笑いと共に魔力が収束する。
 やがて、その中から異形へと変貌したインヴィが姿を現した。
 全身は硬質な紫色の鱗に覆われ、頭部からは二対の角が伸びている。
 両手足には鋭い鉤爪。
 その身体から放たれる魔力も、先ほどまでとは比べものにならないほど濃密になっていた。
「……」
 烏廻は二本の剣を握り直す。
「ふん。怖気づいて声も出ない?」
 インヴィは自身の変貌を誇示するように両腕を広げた。
「後悔したって、もう遅いけどね」
「……そうか」
「これでお前を殺す準備はできた」
 インヴィが低く腰を落とす。
「覚悟しろ」
 直後――。
「……ッ」
 インヴィが地面を蹴った。
 先ほどまでとは明らかに違う速度で間合いを詰め、烏廻の背後へ回り込む。
(速いな)
 鋭い鉤爪が振り下ろされる。
 烏廻は即座に身体を捻って距離を取った。
 だが――。
 ザッ。
 左腕の袖が裂け、その下の皮膚に浅く血が滲む。
「ハッ! 今のを避けるんだ!」
 インヴィが楽しそうに笑う。
「だけど、次はどうかな!?」
 再び踏み込む。
 前から。
 横から。
 背後から。
 先ほどまでとは比べものにならない速度で、鉤爪による連撃が烏廻へ襲いかかった。
「……」
 烏廻は剣を振るわない。
 首を傾け、半歩引き、身体を捻る。
 必要最低限の動きだけで攻撃を躱しながら、インヴィの動きを静かに見極めていく。
「ほら、どうした!?」
 インヴィの攻撃は止まらない。
「避けるだけで反撃もできないのかい!?」
 グラウンドの土が舞い上がる。
 インヴィは完全に自分が優勢になったと思っているのか、その笑みをさらに深めた。
「フフッ……今の僕には、君の動きなんて全部見えてるんだからさ!」
「……」
 そして、烏廻の喉元を狙って鉤爪を突き出す。
 その瞬間。
 烏廻が一歩、大きく後方へ退いた。
 爪先が僅かに空を切る。
「……ふぅ」
 数メートル距離を取った烏廻が、小さく息を吐いた。
 二本の剣を改めて構える。
 先ほどまでの、相手を試すような気配は消えていた。
 その瞳に宿っているのは、静かに研ぎ澄まされた戦意。
「……なるほどな」
「何?」
「強くなったのは分かった」
 烏廻が真っ直ぐにインヴィを見据える。
「だったら――」
 二本の剣を僅かに持ち上げる。
「少し、本気で相手してやる」
「……!」
「お前も全力で来い」