魔力の少ない魔法使い

「……チッ! 4番とはいえ、さすがに強ぇな」
 瓦礫が散乱する戦場に、硬質な金属音が幾度も響き渡る。
 優斗とヴァリの戦いは、誰の目から見ても明らかに優斗が優勢だった。
 激しい斬り合いと魔法の応酬の末、ヴァリの身体にはいくつもの刃傷が刻まれ、裂けた衣服の隙間から血が流れている。息も荒く、肩を大きく上下させていた。
 一方の優斗も無傷ではない。頬には浅い掠り傷があり、衣服も土埃で汚れている。
 それでも呼吸は乱れておらず、両者の消耗の差は明らかだった。
「……しばらく戦ってみて分かったが、お前のその武器。自分の魔法で作ったものだよな」
「ああ、そうだ。変に武器と契約してもイマイチでな。自分で作った方が強ぇし、使いやすい」
「……なるほど。そういう考え方もあるか」
「それがどうかしたのかよ」
 優斗の落ち着き払った態度に、ヴァリは武器を構え直しながら警戒するように問い返した。
「いや。相性が悪いと思ってな」
「相性だ?」
「ああ」
「つーことは、相性が悪いのに俺が押されてるって言いてぇのか?」
「いや、逆だ」
 優斗は静かに首を横に振った。
「相性が悪いのは、お前の方だ」
「ああ? どういう意味だよ」
 苛立ちを滲ませるヴァリを前に、優斗は右手に握っていた黒い刀――〈イザナギ〉から力を抜いた。
 漆黒の刀身が揺らぎ、そのまま光の粒子となって消えていく。
「俺が今持ってるこいつは、少し特殊でな」
 優斗は左手に残った純白の刀――〈イザナミ〉をヴァリへ向ける。
「好きな属性に変えられる」
 言葉に呼応するように白い刀身へ炎が宿り、次の瞬間には冷気を纏った。
「属性には、それぞれ相性がある。お前も知ってるだろ?」
「……」
 ヴァリの表情から笑みが薄れる。
 自らが生み出す武器に属性を持たせれば、優斗は〈イザナミ〉をその属性に有利なものへ変えられる。
「お前が魔法で武器を作る限り、俺はその性質を見て〈イザナミ〉を変えればいい」
「……つまり、このままやったところで俺に勝ち目はねぇって言いてぇのか」
「このままならな」
 優斗があっさり答える。
 その言葉に、今度はヴァリが僅かに目を細めた。
「知ってんのか」
「あるんだろ。奥の手が」
「……まあ、ヴァニタスから聞いてるか」
 ヴァリは口角を上げる。
「けどよ。分かってんなら、普通は使わせねぇだろ?」
「俺もそう思ってたんだけどな」
 優斗は困ったように頭を掻いた。
「どうも俺にも、くだらない男の意地ってやつがあるらしい。本気のお前と、一度ぶつかってみたい」
 実戦で敵に奥の手を使わせるなど、本来なら合理的とは言い難い。
 それでも、ここまで戦った相手がまだ力を隠していると知れば、その先を見てみたいという気持ちが優斗の中にもあった。
「……ハハッ! まさかお前からそんなこと言われるとはな」
「戦ってるうちに、お前の悪い癖が移ったのかもな」
「悪くねぇだろ?」
「……かもな」
 ヴァリが楽しそうに笑い、優斗も僅かに口元を緩める。
「じゃあ、後悔すんじゃねぇぞ」
 ヴァリの纏う空気が変わった。
「汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ――」
 低い詠唱と共に、その足元からどす黒い魔力が立ち昇る。
「万物を奪い尽くす、大罪が一つ――強欲の罪」
 ヴァリを中心に、濃密な魔力が渦を巻いた。
 優斗は鋭く目を細め、〈イザナミ〉の柄を握り直す。
「――欲せ、マモン」
 漆黒の魔力がヴァリの全身を包み込む。
「〈悪魔融合〉」
 その声と同時に、周囲へ溢れていた魔力が一気にヴァリの肉体へ収束していった。
 やがて黒い光が晴れ、その中から変貌したヴァリが姿を現す。
 全身の筋肉は先ほどまでより大きく隆起し、顔や腕には呪印を思わせる黒い紋様が浮かんでいた。
 両手の指先からは獣のような鋭い爪が伸び、瞳も人のものとは思えない異様な色へと変貌している。
「悪魔融合……」
 優斗が小さく呟く。
「聞くのは初めてか?」
「……!」
 数メートル離れたヴァリが、その呟きを聞き取っていた。
「こいつを使うと身体能力だけじゃなく、感覚まで一気に研ぎ澄まされる。耳も目も、さっきまでとは比べもんにならねぇ」
「なるほどな」
 優斗は〈イザナミ〉を構えながら、改めてヴァリを観察する。
(想像してた以上だな……さすがに少し甘く見すぎたか)
 纏う魔力量も、立ち姿から感じる圧力も明らかに先ほどまでとは違っていた。
「いくぜ?」
 ヴァリは深く腰を落とす。
 長い爪の生えた両手を低く構え、その姿勢は獲物へ飛びかかる直前の獣を思わせた。
 次の瞬間――。
 ヴァリが地面を蹴った。
「……ッ!」
 先ほどまでとは明らかに違う踏み込み。
 優斗が刀を構え直した時には、すでにヴァリが懐へ迫っていた。
 鋭い爪が横薙ぎに振るわれる。
「くっ……!」
 優斗は咄嗟に上体を反らした。
 爪先が脇腹すれすれを通り抜け、衣服を深く裂く。
 優斗はすぐさま距離を取り、自分の脇腹へ視線を落とした。
 服は裂かれている。
 だが、皮膚には僅かな傷がついた程度だった。
「チッ、浅かったか。……どうだ? 後悔したか?」
「……さて、どうだろうな」
(少しくらいは、した方がいいかもな)
 表情こそ崩さないものの、優斗の背中を冷たい汗が伝う。
 今の一撃は、先ほどまでとはまるで違った。
 反応が僅かに遅れていれば、まともに脇腹を抉られていただろう。
「でもまあ、こうなった以上は仕方ない」
 優斗は静かに息を吐く。
「俺も全力でやろう」
 〈イザナミ〉を両手で構え直す。
 優斗の身体からも、それまで抑えられていた魔力が静かに溢れ出した。
「楽しもうじゃねぇか、西園寺優斗!」
「来い!」
 ヴァリが再び踏み込む。
 振るわれた強欲の悪魔の爪を、優斗の白刃が真正面から受け止めた。
 ガギィンッ!!
 激しい金属音と共に互いの武器が弾かれる。
 そして間髪入れず、二人は再び相手へ踏み込んだ。
 ここからが、本当の勝負だった。