魔力の少ない魔法使い

「……学園長室」
「隼人君、ここにいるんだよね?」
 息を潜めながら、紘弥、玲奈、サラの三人は重厚な装飾が施された学園長室の扉の前までやってきた。
「多分ね……とりあえず入るわよ」
 玲奈が周囲を警戒しながら静かに扉を開け、中へと足を踏み入れる。
「学園長室なんて初めて入るけど、後で怒られないかな……」
「避難指示が出てるのにウロチョロしてる時点で、どっちみち後でこってり怒られると思うぜ」
「うっ、確かに……」
「そんなことは後で考えなさい。今は隼人の確保が最優先よ」
 不安げなサラと軽口を叩く紘弥を、玲奈が冷静な声で制した。
「そうだね……でも、この部屋には隼人君いないみたいだね」
 主を失った学園長室は静まり返っていた。
 桜が普段使っている大きな執務机や立派な書棚が整然と並んでいるだけで、隼人の姿はおろか、人の気配すらない。
「……あそこじゃね?」
 紘弥が部屋の奥を指差した。
 その視線の先には、学園長室からさらに奥へと続く、一枚の扉があった。
「どこかに続いてるのかな?」
「分かんねぇけど、他に手掛かりもねぇし。行ってみるしかないだろ」
「……そうだね」
 紘弥とサラが半ば開かれた扉へ歩き出そうとする。
「……待って」
 玲奈の鋭い声が二人を引き止めた。
「……なんだ?」
「おかしいわ」
「おかしいって?」
「その扉よ。どうして開いてるの?」
 二人が扉へ視線を戻す。
「桜さんの性格なら、こんな場所の扉を開けっ放しにするとは思えない。ましてや、その奥に隼人がいるなら尚更よ」
 玲奈の言葉に、紘弥とサラの表情が一変する。
「たまたまってのは……考えない方が良さそうだな」
「それって、もう敵が入り込んでるかもしれないってこと!?」
「可能性があるってだけよ。でも――」
 玲奈は半開きの扉を鋭く見据えた。
「急いだ方がいいのは間違いないわ」
 三人は頷き合い、気を引き締め直して扉の奥へ駆け込んだ。
 そして、薄暗い部屋へ飛び込んだ瞬間――。
「「「!?」」」
 三人は息を呑んだ。
 部屋の中央。
 幾重もの結界に守られ、眠るように横たわる隼人。
 そして、そのすぐ傍らに見知らぬ一人の男が静かに佇んでいた。
「隼人から離れなさい!」
 玲奈が鋭く叫ぶ。
「……思ったより早く、助けが来てしまったか」
 三人の乱入にも、男は微塵も驚く様子を見せなかった。
 ただ、作業を邪魔されたことを惜しむように静かに呟く。
「安心したまえ。まだこの少年には何もしていない」
「……隼人君をどうするつもりなの」
「本当はもう少し待つつもりだったのだがな。君たちが来てしまった以上、仕方がない」
 男が隼人を守る結界へ視線を落とす。
「強引にでもこれを破り、彼を連れて帰る」
 その言葉を聞いた瞬間、三人は同時に武器を顕現させた。
 紘弥の両手には雷を纏う双銃〈麒麟〉。
 玲奈の手には冷気を放つ細剣〈ニヴルヘイム〉。
 そしてサラの手には、身の丈を超える大鎌〈三日月〉が握られる。
「そんなこと、させるわけないでしょ」
「あまり無駄な戦闘はしたくなかったのだが……仕方ない。少し相手をしよう」
 男は小さくため息をついた。
 しかし、武器を召喚する素振りはない。
 無防備な姿勢のまま、三人を静かに見つめ返している。
「でも、どうすんだ? こんな狭い場所で派手にやったら、隼人まで巻き込むぞ」
 紘弥が舌打ちしながら玲奈に問いかける。
「……大丈夫なはずよ」
 玲奈は隼人を覆う結界へ視線を向けた。
「見たところ、かなり強力な結界が何重にも張られてる。余程のことがない限り、中の隼人にまで攻撃は届かないはず」
「なら、遠慮する必要はねぇな」
「最初から全力で行くわよ。今は目の前の敵を倒すことだけ考えて!」
 玲奈の号令に、紘弥とサラが力強く頷く。
「……その歳にしては、なかなか良い魔力だ」
 三人の高まりゆく魔力を感じ取り、男は感心したように目を細めた。
「てめぇに褒められても嬉しくねぇよ!」
 紘弥が引き金を引く。
 乾いた銃声と共に、雷を帯びた弾丸が連続して男へ襲いかかった。
 しかし――。
「……」
 男が右手を前へ掲げる。
 その前方に魔力の障壁が展開され、雷弾を次々と受け止めていった。
 弾けた雷光が視界を覆う。
 だが、それは陽動だった。
「はぁッ!」
「やぁッ!」
 玲奈とサラが左右から同時に踏み込む。
 氷の細剣と漆黒の大鎌が、男を挟み込むように振るわれた。
「……なるほど」
 男は僅かに地面を蹴り、二人の刃が交差する寸前で上方へ跳ぶ。
 攻撃は空を切った。
「逃がすかよ!」
 紘弥が空中の男へ銃口を向ける。
「【雷砲】!!」
 二丁の銃口から、凝縮された雷撃が放たれた。
 眩い光が部屋を照らす。
 男は空中で両腕を交差させ、その雷撃を真正面から受け止めた。
「……っ」
 僅かに身体が押し込まれる。
 だが、その直後――。
「返そう」
「なっ!?」
 男が両腕を振り下ろす。
 雷撃の軌道が逸らされ、真下へ叩き落とされた。
「西園寺!サラ!」
 二人は咄嗟に左右へ跳ぶ。
 直後、雷撃が床へ激突し、轟音と閃光が室内を満たした。
「大丈夫か!?」
「ええ!」
「こっちも大丈夫!」
 煙の向こうから二人の声が返る。
「……なかなかの威力だった」
 男は静かに着地すると、僅かに焦げた両腕を見下ろした。
 大きな傷はない。
 だが、玲奈は別のことに気づいていた。
「……床」
「ん?」
「九条の【雷砲】が直撃したのに、ほとんど損傷してない」
 三人が床へ視線を向ける。
 雷撃が叩きつけられた場所には僅かな焦げ跡こそ残っているものの、大きな破損は見られなかった。
「この部屋自体にも、何かしら防護が施されてるみたいね」
「なら、崩れる心配はしなくて良さそうだな!」
「気にしてたの、アンタ」
「……いや、そういや全然してなかったわ」
「……」
 玲奈が呆れたような目を向ける。
「ま、まあ! 今はそんな話してる場合じゃねぇだろ!」
 紘弥が誤魔化すように銃を構え直した。
 その時だった。
「……連携も悪くない」
 男がぽつりと呟く。
「君たちのような未来ある子供を手にかけなければならないと思うと……ひどく残念だ」
 それは挑発でも皮肉でもなかった。
 本心から惜しむような、僅かな悲しみを帯びた声だった。
「だったら、とっととここから出て行けよ!」
「そういう訳にもいかなくてね」
 男は静かに首を振る。
「……さて。そろそろ終わりにしよう」
 その瞬間――。
「……っ」
 三人の表情が変わった。
 男から放たれる魔力が、それまでとは明らかに違っていた。
 肌を刺すような圧力。
 呼吸すら僅かに重く感じるほどの濃密な魔力が、部屋の中を満たしていく。
「君たちでは私には勝てない」
 男は淡々と言い放つ。
「――絶対にだ」
「……」
 紘弥の額を汗が伝う。
 玲奈も細剣を握る手に僅かに力を込めた。
 サラは大鎌を構え直しながら、無意識に一歩だけ後ろへ足を引く。
 先ほどまでとは違う。
 三人とも、本能で理解していた。
 ――ここから先は、本当に命を懸けなければならない。