魔力の少ない魔法使い

どこかの廃墟となったビル──。
人の気配などあるはずのないその場所に、複数の魔力反応が集まっていた。

コンクリートが剥き出しになった薄暗い部屋に、一つの荒々しい声が響き渡る。

「あー、暇だなぁ全く」

「……でしたら、少しは手伝ってはどうですか?」

穏やかでありながら冷ややかな声が返る。

「無理だって。馬鹿に手伝ってもらったら、今までの作業が水の泡になっちゃうから」

その直後、少年の声が嫌味っぽく笑った。

「んだとぉ! このクソガキ!」

「はあー、ほんと短気だなぁ。カルシウム足りてないんじゃない?」

「あ? 殺すぞ!」

「……やってみなよ」

一触即発の空気が張り詰める。

「二人ともやめなさい」

艶のある女の声が割って入った。

長い黒髪を揺らしながら現れた女――ルクスは、呆れたようにため息をつく。
血走った目で凄む赤髪の男──ヴァリに対し、ルクスは呆れたように首を振った。

腰まで届く艶やかな髪に、女性にしては高い背丈。薄暗い部屋の中でも際立つほどの美貌の持ち主だが、今はその形の良い眉を不機嫌そうにひそめている。

「はぁ……スペル、あんたからも言ってよ」

「そうですね。二人とも、ルクスの言う通りにしなさい」

スペルと呼ばれた男が、手元の資料から顔を上げた。
青い髪を真ん中で分け、知的な眼鏡の奥の瞳を細める。長身で、二十歳そこそこと思われる整った顔立ちは美男子そのものだが、その物腰には絶対的な自信と傲慢さが滲み出ていた。

「……はぁー、分かったよ。確かに馬鹿を相手にしているほど暇じゃないしね」

少年──インヴィが、指先で無造作に藍色の癖っ毛を弄りながら、憎たらしい笑みを浮かべる。中性的な顔立ちと、百六十センチほどの小柄な体躯からは想像もつかないほど、その言葉には毒気がたっぷりと含まれていた。

「やっぱり殺す!」

「ちょっと、落ち着きなさいヴァリ! インヴィも挑発しないで!」

筋肉質な体を猛獣のように躍らせるヴァリを、ルクスが必死に制止する。

「いやー腹へったなぁ~。誰か、なんかない?」

険悪な空気が頂点に達しようとしたその時、部屋の錆びついたドアが開き、場違いなほど明るい声が飛び込んできた。

「……ん? な~に睨み合ってんだ?」

入ってきたのは、ツンツンに立てた茶髪が特徴的な二十代半ばの男だ。百七十センチ台後半の整った体格に、人懐っこいイケメンの部類に入る顔立ちをしている。

「ま、まさか! ……食べ物取り合ってんのか!?」

「「「「………………」」」」

男のあまりにも的外れな言葉に、その場にいた全員が沈黙した。

「……殺る気が失せた」

最初に毒気を抜かれたのはヴァリだった。彼は舌打ちを一つすると、部屋の隅にある壊れかけのソファにどさりと寝転がった。

「……僕も」

インヴィも肩をすくめ、近くのパイプ椅子に腰を下ろす。

「……助かったわ、グラ」

「??」

ルクスの言葉に、グラと呼ばれた男はきょとんと首を傾げた。状況をまったく把握していないようだが、「……よく分からねぇけど、まぁいっか!」と勝手に一人で納得している。

「……さて、グラ。報告をお願いしたいのですが」

スペルが眼鏡の位置を直し、重々しい声で切り出した。

「……報告か~」

グラは先ほどと変わらぬ能天気な声で呟くと、堂々と言い放った。

「……全くだな、さっぱりだ!」

「そうですか……何も分からなかったのですか」

スペルは顎に手を当て、少し下を向きながら考え込む。

「ま、最初からグラには期待してなかったけどね」

インヴィが鼻で笑う。

「ひっでぇー! そんな言い方ねぇだろ!」

「はあー、もういいわ。あの二人は放っておきましょう」

再び言い合いを始めたグラとインヴィを見て、ルクスが目頭を押さえた。

「そうですね」

「……それで、いったいどうするの?」

「あとは、ケディアを待つのみですが……」

「ケディアなら、何かつかんでそうね」

二人がそうこぼした直後だった。

「……帰った」

「!! ……ってケディア! ビックリさせないでよ!」

不意に背後から声が響き、ルクスが肩を跳ねさせる。

いつの間にか部屋の入り口に立っていたのは、緑の短髪を持つ大柄な男だった。三十代前半と思われる、分厚く鍛え抜かれた肉体。だが、その顔には感情の起伏が一切見られない。

「……すまない」

「お帰りなさい……それで、どうだったの?」

「……微弱だが、魔力を感知した」

「!? ……それは、本当!」

ルクスが思わず身を乗り出す。

「……ああ」

ケディアは無表情のまま、淡々と頷いた。

「いったいどこで感知したのですか?」

「……“星雲魔法学園”」

「それは本当かよ」

ソファで寝転がっていたヴァリが、いつの間にか起き上がり、興味深そうに身を乗り出していた。

「……ここで嘘をついてどうする」

「なるほどね~。学園に隠してるなんて、考えたことするね」

「確かになー」

言い合いを終えたインヴィとグラも、輪の中に加わる。

「それで、どうすんだ? さっそく仕掛けるか?」

ヴァリが好戦的な笑みを浮かべ、スペルを見た。

「ほんと君は馬鹿なの? 少しは考えたらどう?」

「んだとぉ!」

「何の策もなしに仕掛けたって意味ないでしょ?」

「……インヴィの言う通りです。あの学園は国内有数の魔法学園。セキュリティーも相当に厳しいはずでしょう」

「ね、わかった?」

インヴィの挑発的な笑みに、ヴァリは奥歯を噛み締め、黙り込んだ。

「けどよぉー、それだったらどうすんだ?」

グラが根本的な疑問を口にする。

「……どうしますかね。いざとなればヴァリの言うように、強行突破も視野に入れますが」

「……それだと、面倒くさいことになりそうだね~」

「そうね……」

「ところでよ、イーラのやつはどこ行ったんだよ」

沈黙を破るように、ヴァリが周囲を見回した。

「……さあ?」

インヴィが首を傾げ、スペルを見る。

「……イーラは、何か用事があると出て行きました」

「用事だぁ? ったく、こんな時に何してんだ」

ヴァリが不機嫌そうに吐き捨てた、その時。

「用事だと言っただろう」

低い声が響いた瞬間、部屋の空気が変わった。

全員の視線が一斉に向く。

そこに立っていたのは、白髪混じりの黒髪を後ろで束ねた男だった。

威圧感は、ただ立っているだけで十分だった。

「!……いたのかよ」

「今帰ってきたところだ」

――イーラ。
組織の中心人物。

「……それで、何をしていたんですか?」

「……少し、学園のことについて調べていた」

「学園だぁ?」

「……ああ、そうだ」

「それで~……収穫は?」

インヴィが探るように目を細める。

「……ケディアから聞いた通りだ」

「ふーん。それで、どうするつもりよ? ……強行突破するの?」

ルクスの問いに、イーラは短く首を振った。

「……いや、その必要はない」

「ああ? ……だったらどうするんだ?」

ヴァリが苛立たしげに睨みつける。

「星雲学園には、魔闘祭という催しがある。それは、外部の一般人でも立ち入れるようになっている」

「なる程ねー。その魔闘祭に紛れて侵入するってことだね」

「ああ、そうだ」

「……ところでよー、“奴”はどこにいるんだ?」

グラの間の抜けた質問に、イーラは鋭い視線を向けた。

「……それは、その魔闘祭のときに調べる」

「それで、その魔闘祭と言うのはいつ行われるのですか?」

スペルの確認に、イーラは重々しく口を開いた。

「……十月だ」

「十月? ……まだまだ先ね」

「ああ。だが、それまで全員、学園に異変がないか監視を怠るな」

「……了解した」

イーラの一言で会議は終わった。
廃墟の空気が、再び静寂に包まれる。

彼らの狙う“奴”とは一体何なのか。
そしてその中心には――

まだ誰も気づいていない“器”がいた。

暗雲は、静かに星雲魔法学園へと忍び寄りつつあった。