「……ッ!」
鈍い衝撃音が響き、赤髪の少年――八雲の身体が後方へ蹴り飛ばされた。
「八雲! くそ、こいつ……!」
学園の一角。戦闘によって崩れた校舎の瓦礫が散乱する中、雨宮と八雲の二人が息を荒らげながらケディアと戦い続けていた。
二人がかりで休む間もなく攻め立てているにもかかわらず、ケディアは的確な体捌きと防御でその攻撃を悉く捌き、依然として優位に立ち続けている。
(こいつ、まだ本気じゃねえ……だったら、付け入る隙があるとしたら今しかねぇ!)
雨宮はケディアの懐へ潜り込み、得意とする超接近戦を仕掛ける。
踏み込みと同時に放たれる拳と蹴り。その全てが急所を狙い、間断なくケディアへ襲いかかった。
八雲も瓦礫の中から立ち上がり、口元から流れる血を乱暴に拭う。
蓄積したダメージに顔を歪めながらも、鋭い目つきだけは死んでいない。
「舐めんなぁッ!!」
雨宮の連撃が生んだ僅かな隙。
そこへタイミングを合わせ、八雲が愛用の如意棒を大きく振るった。
渾身の一撃がケディアの脇腹へ迫る。
「……ほう」
ケディアの目が僅かに細められた。
半歩退いて雨宮の拳を躱し、続けざまに迫った如意棒を腕で弾き返す。
ガンッ! と重い衝撃音が響いた。
それでも二人は止まらない。
弾かれた如意棒の直後、雨宮が強引に蹴りをねじ込む。
「……っ」
ケディアが僅かに顔を逸らした。
蹴りがその頬を掠め、薄く一筋の血が滲む。
「悪くない連携だ。だが、決定打には程遠い」
ケディアは頬の血を拭うことすらなく、涼しい顔で二人を見据えた。
あれだけの攻防を繰り広げながら、呼吸一つ乱れていない。
確かに攻撃は届いた。
だが、それはあくまで掠り傷に過ぎなかった。
対する雨宮と八雲は、時間が経つにつれて疲労とダメージを蓄積させていく。
動きは徐々に鈍り、ケディアの反撃を捌くことすら難しくなり始めていた。
「……まずは一人」
冷たい声が響いた、その瞬間。
「――ッ!?」
雨宮の僅かな隙を突き、ケディアが白刃の剣を突き出した。
雨宮も咄嗟に身体を捻ったが、完全には避けきれない。
刃が腹部を貫き、鮮血が飛び散った。
「ぐっ……!」
雨宮は大きく目を見開き、喉の奥から呻き声を漏らす。
ケディアが剣を引き抜くと、その身体は力を失ったように地面へ崩れ落ちた。
「雨宮!!」
八雲の表情が怒りに染まる。
「てめぇぇぇッ!!」
全身の力を込め、如意棒をケディアの頭上へ振り下ろした。
だが、ケディアは後方へ身を引き、その一撃を躱す。
如意棒が地面を叩き、破片が周囲へ飛び散った。
「おい! 雨宮! しっかりしろ!」
八雲はすぐさま雨宮の傍へ駆け寄り、膝をつく。
腹部の傷口からは血が流れ続けていた。
「くそっ……血が止まらねぇ……!」
八雲が必死に傷口を押さえる。
その意識が雨宮へ向いた瞬間――。
「――ッ!」
背後から気配を感じた。
振り返るより早く、ケディアの左手が八雲の首を掴む。
「て……めぇ……!」
そのまま身体を持ち上げられ、八雲の足が地面から離れた。
首を締め上げられ、呼吸ができない。
八雲は両手でケディアの腕を引き剥がそうともがくが、びくともしなかった。
(さすがに……ヤベぇ……)
酸素を奪われ、視界が徐々に暗くなっていく。
意識を失いかけた、その時――。
一筋の魔法がケディアの顔面目掛けて飛来した。
「……」
ケディアは八雲から手を離し、僅かに身体を逸らしてそれを躱す。
ドサッ、と地面へ落とされた八雲は四つん這いになり、激しく咳き込んだ。
「八雲、大丈夫!?」
「げほっ……お前、なんでここに……」
八雲の元へ駆け寄ってきたのは、艶やかな黒髪をなびかせた一ノ瀬だった。
「あんた達だけじゃ心配だったのよ」
「お前が敵う相手じゃねぇ! さっさと逃げろ!」
掠れた声で八雲が怒鳴る。
しかし、一ノ瀬は動じることなく八雲を見返した。
「そんなこと分かってるわよ。……誰も、一人で来たなんて言ってないでしょ」
「何……?」
一ノ瀬が後ろを振り返る。
八雲がその視線の先を追うと、そこには一人の女性が静かに立っていた。
星雲魔術師学園の最高責任者――学園長、桐宮桜。
荒れ果てた戦場の中にあってなお、その佇まいには不思議なほどの落ち着きがあった。
「八雲君ですね。間に合って良かったです。怪我はありませんか?」
「え、あ、ああ……って、俺より雨宮が!」
八雲が慌てて振り返る。
「彼なら大丈夫ですよ。すでに治療しました」
「え……?」
雨宮の傍には、京子と涼子が寄り添っていた。
腹部を覆っていた治癒魔法の淡い光が消えていき、先ほど剣に貫かれた傷もすでに塞がっている。
雨宮自身はまだ意識を失っているものの、呼吸は安定していた。
「最初から殺すつもりはなかったようですね」
桜が静かにケディアへ視線を向ける。
「急所を僅かに外してあります。放っておけば危険な傷ではありましたが、即座に命を奪うための一撃ではありません」
「……わざと外してたってのか?」
「ええ。戦闘不能にするためだけの、ひどく正確な一撃です」
「……」
八雲は奥歯を噛み締めた。
自分たちを圧倒しながら、殺すことすら必要ないと判断されていた。
その事実が何よりも悔しかった。
「さて。本当は貴方達には言いたいことが沢山ありますが――」
「学園長!」
一ノ瀬が鋭く叫んだ。
ケディアの手元から魔法が放たれ、真っ直ぐに桜へ迫る。
しかし、桜は焦る様子すら見せなかった。
静かに右手を前へ掲げると、その前方に強固な防御魔法を展開する。
直後、ケディアの魔法が正面から激突した。
ズンッ、と重い衝撃が響く。
だが、防御は揺らぐことなく、ケディアの攻撃を完全に受け止めていた。
「……今は、そんな時間もなさそうですね」
桜の纏う空気が変わった。
先ほどまで生徒へ向けられていた柔らかな眼差しが消え、冷たい視線がケディアを捉える。
「貴方達は急いでこの場から離れなさい」
「……分かりました」
一ノ瀬はすぐに頷いた。
「……ちょっと、八雲!」
だが、八雲だけはその場から動こうとしない。
全身を震わせ、俯いたまま拳を強く握り締めていた。
仲間を目の前で傷つけられ、自分は手も足も出ずに敗れた。
そんな状態で逃げることを、八雲の誇りが許さなかった。
「……八雲君」
桜の穏やかな声が届く。
「貴方なら、もう分かっているはずです」
「……」
「貴方はまだまだ強くなります。ですが、今は引く時ですよ」
八雲は何も答えない。
ただ、血が滲むほど強く握っていた拳を、ゆっくりと開いた。
「……分かった」
短く答えると、桜の背中へ小さく頭を下げる。
「……貸せ」
八雲は雨宮の元へ向かい、その身体を京子と涼子から受け取った。
まだ意識の戻らない雨宮を背負い、歩き出す。
水無姉妹もその後へ続いた。
「学園長。二人を助けていただき、ありがとうございます」
一ノ瀬は最後に桜へ深く頭を下げると、八雲たちの後を追った。
生徒たちの気配が十分に遠ざかったことを確認し、桜は静かに息を吐いた。
「……今の私は、少し冷静さに欠けているようです」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「貴方達を巻き込まない保証ができませんでしたから」
そして、ゆっくりとケディアへ向き直る。
その瞳からは、学園長としての柔らかな慈愛が消えていた。
代わりに浮かんでいるのは、静かに燃え上がる激しい怒り。
桜から溢れ出した魔力に当てられ、足元の小石が僅かに震え始める。
「貴方達だけは許しません。私の子供たちを傷つけた……そのお礼は、きっちりと返させていただきます」
「……子供?」
ケディアが僅かに眉をひそめた。
「我々は桐宮隼人には傷を負わせていないはずだが」
組織が狙う桐宮隼人。
その母親が目の前の学園長であることも、ケディアは当然把握している。
「確かに、隼人は私の血の繋がった子供です」
桜は静かに答えた。
「ですが、私はこの学園の学園長です。ここにいる生徒たちも、私にとっては大切な子供たちですよ。血の繋がりなんて関係ありません」
「……そうか」
桜の周囲に膨大な魔力が満ちていく。
その圧力を真正面から受けても、ケディアは表情を変えない。
互いの視線が交錯した。
「では――始めましょう」
桜が右手を掲げる。
次の瞬間、強大な魔法がケディア目掛けて解き放たれた。
鈍い衝撃音が響き、赤髪の少年――八雲の身体が後方へ蹴り飛ばされた。
「八雲! くそ、こいつ……!」
学園の一角。戦闘によって崩れた校舎の瓦礫が散乱する中、雨宮と八雲の二人が息を荒らげながらケディアと戦い続けていた。
二人がかりで休む間もなく攻め立てているにもかかわらず、ケディアは的確な体捌きと防御でその攻撃を悉く捌き、依然として優位に立ち続けている。
(こいつ、まだ本気じゃねえ……だったら、付け入る隙があるとしたら今しかねぇ!)
雨宮はケディアの懐へ潜り込み、得意とする超接近戦を仕掛ける。
踏み込みと同時に放たれる拳と蹴り。その全てが急所を狙い、間断なくケディアへ襲いかかった。
八雲も瓦礫の中から立ち上がり、口元から流れる血を乱暴に拭う。
蓄積したダメージに顔を歪めながらも、鋭い目つきだけは死んでいない。
「舐めんなぁッ!!」
雨宮の連撃が生んだ僅かな隙。
そこへタイミングを合わせ、八雲が愛用の如意棒を大きく振るった。
渾身の一撃がケディアの脇腹へ迫る。
「……ほう」
ケディアの目が僅かに細められた。
半歩退いて雨宮の拳を躱し、続けざまに迫った如意棒を腕で弾き返す。
ガンッ! と重い衝撃音が響いた。
それでも二人は止まらない。
弾かれた如意棒の直後、雨宮が強引に蹴りをねじ込む。
「……っ」
ケディアが僅かに顔を逸らした。
蹴りがその頬を掠め、薄く一筋の血が滲む。
「悪くない連携だ。だが、決定打には程遠い」
ケディアは頬の血を拭うことすらなく、涼しい顔で二人を見据えた。
あれだけの攻防を繰り広げながら、呼吸一つ乱れていない。
確かに攻撃は届いた。
だが、それはあくまで掠り傷に過ぎなかった。
対する雨宮と八雲は、時間が経つにつれて疲労とダメージを蓄積させていく。
動きは徐々に鈍り、ケディアの反撃を捌くことすら難しくなり始めていた。
「……まずは一人」
冷たい声が響いた、その瞬間。
「――ッ!?」
雨宮の僅かな隙を突き、ケディアが白刃の剣を突き出した。
雨宮も咄嗟に身体を捻ったが、完全には避けきれない。
刃が腹部を貫き、鮮血が飛び散った。
「ぐっ……!」
雨宮は大きく目を見開き、喉の奥から呻き声を漏らす。
ケディアが剣を引き抜くと、その身体は力を失ったように地面へ崩れ落ちた。
「雨宮!!」
八雲の表情が怒りに染まる。
「てめぇぇぇッ!!」
全身の力を込め、如意棒をケディアの頭上へ振り下ろした。
だが、ケディアは後方へ身を引き、その一撃を躱す。
如意棒が地面を叩き、破片が周囲へ飛び散った。
「おい! 雨宮! しっかりしろ!」
八雲はすぐさま雨宮の傍へ駆け寄り、膝をつく。
腹部の傷口からは血が流れ続けていた。
「くそっ……血が止まらねぇ……!」
八雲が必死に傷口を押さえる。
その意識が雨宮へ向いた瞬間――。
「――ッ!」
背後から気配を感じた。
振り返るより早く、ケディアの左手が八雲の首を掴む。
「て……めぇ……!」
そのまま身体を持ち上げられ、八雲の足が地面から離れた。
首を締め上げられ、呼吸ができない。
八雲は両手でケディアの腕を引き剥がそうともがくが、びくともしなかった。
(さすがに……ヤベぇ……)
酸素を奪われ、視界が徐々に暗くなっていく。
意識を失いかけた、その時――。
一筋の魔法がケディアの顔面目掛けて飛来した。
「……」
ケディアは八雲から手を離し、僅かに身体を逸らしてそれを躱す。
ドサッ、と地面へ落とされた八雲は四つん這いになり、激しく咳き込んだ。
「八雲、大丈夫!?」
「げほっ……お前、なんでここに……」
八雲の元へ駆け寄ってきたのは、艶やかな黒髪をなびかせた一ノ瀬だった。
「あんた達だけじゃ心配だったのよ」
「お前が敵う相手じゃねぇ! さっさと逃げろ!」
掠れた声で八雲が怒鳴る。
しかし、一ノ瀬は動じることなく八雲を見返した。
「そんなこと分かってるわよ。……誰も、一人で来たなんて言ってないでしょ」
「何……?」
一ノ瀬が後ろを振り返る。
八雲がその視線の先を追うと、そこには一人の女性が静かに立っていた。
星雲魔術師学園の最高責任者――学園長、桐宮桜。
荒れ果てた戦場の中にあってなお、その佇まいには不思議なほどの落ち着きがあった。
「八雲君ですね。間に合って良かったです。怪我はありませんか?」
「え、あ、ああ……って、俺より雨宮が!」
八雲が慌てて振り返る。
「彼なら大丈夫ですよ。すでに治療しました」
「え……?」
雨宮の傍には、京子と涼子が寄り添っていた。
腹部を覆っていた治癒魔法の淡い光が消えていき、先ほど剣に貫かれた傷もすでに塞がっている。
雨宮自身はまだ意識を失っているものの、呼吸は安定していた。
「最初から殺すつもりはなかったようですね」
桜が静かにケディアへ視線を向ける。
「急所を僅かに外してあります。放っておけば危険な傷ではありましたが、即座に命を奪うための一撃ではありません」
「……わざと外してたってのか?」
「ええ。戦闘不能にするためだけの、ひどく正確な一撃です」
「……」
八雲は奥歯を噛み締めた。
自分たちを圧倒しながら、殺すことすら必要ないと判断されていた。
その事実が何よりも悔しかった。
「さて。本当は貴方達には言いたいことが沢山ありますが――」
「学園長!」
一ノ瀬が鋭く叫んだ。
ケディアの手元から魔法が放たれ、真っ直ぐに桜へ迫る。
しかし、桜は焦る様子すら見せなかった。
静かに右手を前へ掲げると、その前方に強固な防御魔法を展開する。
直後、ケディアの魔法が正面から激突した。
ズンッ、と重い衝撃が響く。
だが、防御は揺らぐことなく、ケディアの攻撃を完全に受け止めていた。
「……今は、そんな時間もなさそうですね」
桜の纏う空気が変わった。
先ほどまで生徒へ向けられていた柔らかな眼差しが消え、冷たい視線がケディアを捉える。
「貴方達は急いでこの場から離れなさい」
「……分かりました」
一ノ瀬はすぐに頷いた。
「……ちょっと、八雲!」
だが、八雲だけはその場から動こうとしない。
全身を震わせ、俯いたまま拳を強く握り締めていた。
仲間を目の前で傷つけられ、自分は手も足も出ずに敗れた。
そんな状態で逃げることを、八雲の誇りが許さなかった。
「……八雲君」
桜の穏やかな声が届く。
「貴方なら、もう分かっているはずです」
「……」
「貴方はまだまだ強くなります。ですが、今は引く時ですよ」
八雲は何も答えない。
ただ、血が滲むほど強く握っていた拳を、ゆっくりと開いた。
「……分かった」
短く答えると、桜の背中へ小さく頭を下げる。
「……貸せ」
八雲は雨宮の元へ向かい、その身体を京子と涼子から受け取った。
まだ意識の戻らない雨宮を背負い、歩き出す。
水無姉妹もその後へ続いた。
「学園長。二人を助けていただき、ありがとうございます」
一ノ瀬は最後に桜へ深く頭を下げると、八雲たちの後を追った。
生徒たちの気配が十分に遠ざかったことを確認し、桜は静かに息を吐いた。
「……今の私は、少し冷静さに欠けているようです」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「貴方達を巻き込まない保証ができませんでしたから」
そして、ゆっくりとケディアへ向き直る。
その瞳からは、学園長としての柔らかな慈愛が消えていた。
代わりに浮かんでいるのは、静かに燃え上がる激しい怒り。
桜から溢れ出した魔力に当てられ、足元の小石が僅かに震え始める。
「貴方達だけは許しません。私の子供たちを傷つけた……そのお礼は、きっちりと返させていただきます」
「……子供?」
ケディアが僅かに眉をひそめた。
「我々は桐宮隼人には傷を負わせていないはずだが」
組織が狙う桐宮隼人。
その母親が目の前の学園長であることも、ケディアは当然把握している。
「確かに、隼人は私の血の繋がった子供です」
桜は静かに答えた。
「ですが、私はこの学園の学園長です。ここにいる生徒たちも、私にとっては大切な子供たちですよ。血の繋がりなんて関係ありません」
「……そうか」
桜の周囲に膨大な魔力が満ちていく。
その圧力を真正面から受けても、ケディアは表情を変えない。
互いの視線が交錯した。
「では――始めましょう」
桜が右手を掲げる。
次の瞬間、強大な魔法がケディア目掛けて解き放たれた。

